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さぬちゃんの麻酔科医生活


硬膜外フェンタニル 100 μg で「麻酔から覚めない」は本当か?

こんにちは、さぬちゃんです。驚きましたね!chatGPTが巨人軍監督を解雇に追い込んだ話。

さて、

前回の記事 で、「硬膜外フェンタニルは持続だけでは効かず、ボーラスで初めて脊髄性に効く」ことを書きました。これに関連して、以下の様なもっともらしい指導が行われていることを耳にします。

うちの指導医は『硬膜外に 100 μg もフェンタニル入れたら患者が覚めなくなるからやめろ』って言うんですけど?

 

 今日はこの言説の真偽を、薬物動態学的に検証してみます。結論を先に言うと、、、

完全な迷信ではないが、ほとんどの状況では言い過ぎ。 危ない条件は別にあって、そこを踏まなければ、比較的安全だと。

では順番に説明しましょう。

まず「覚めない」の定義から

「麻酔から覚めない」と言う場合、現場で問題になるのは次の3つです。

  1. 意識回復の遅延(眠気・傾眠)
  2. 呼吸抑制(自発呼吸が戻らない、抜管後に再抑制)
  3. 瞳孔縮小や患者の反応性が鈍い

これらは血中フェンタニル濃度で見ると、おおむね以下のような感じです。

血中フェンタニル濃度 臨床症状
〜1 ng/mL ほぼ無症状
1〜2 ng/mL 鎮痛閾値、軽い眠気
3〜5 ng/mL 明らかな鎮静、自発呼吸は弱いがある
5〜 ng/mL 強い鎮静、低換気〜呼吸停止

つまり「覚めるか覚めないか」は薬物動態の問題であり、血中濃度がどこまで上がるかで決まるのです。

硬膜外 100 μg ボーラスで血漿濃度はどこまで上がるか

脂溶性が高いフェンタニルやスフェンタニルは、硬膜外腔から血管に驚くほど速く吸収されます

Taverne らが Clin Pharmacokinet 1992 に出した研究[1]では、開腹術患者にスフェンタニル 150 μg を静注または硬膜外ボーラスで投与し、両群の血漿濃度を経時的にみました。

最初の1点を除き、両群の血漿スフェンタニル濃度はほぼ同等であった

つまり、硬膜外ボーラスは『遅れた静注』にかなり近いというわけです。 フェンタニルも同様で、Ginosar 2003[2]のクロスオーバー研究でも、100 μg 硬膜外ボーラスのあとに血漿濃度はしっかり立ち上がっていました。

では実際、フェンタニル 100 μg 硬膜外ボーラスで血漿濃度はどれくらいになるのか? 複数の研究を統合すると、おおむね 1〜2 ng/mL 前後のピークとなり、しかも再分布で速やかに低下します。これは静注 100 μg よりピークが少し低く、立ち上がりも10〜20分遅いということです。

これは、麻酔から覚めなくなる濃度ではありません。 静注の麻酔導入量(1〜3 μg/kg = 50〜200 μg)を入れた後でも、その後に覚醒できるのと同じ理屈です。

では「100 μgで覚めない」という指導はなぜ生まれたか?

次のような 実際に危ない状況 と考えられます。

① 抜管直前の硬膜外ボーラス

術中ずっと吸入麻酔薬+IVフェンタニルで維持していた患者に、術終了直前に硬膜外 100 μg を追加するパターン。 このとき、硬膜外からの血漿濃度上昇は 抜管後 にピークになることがあります。すでに体内に opioid と吸入麻酔の効果が残っているところに上乗せされるので、抜管後に再鎮静・低換気を起こす可能性があります。

② 高齢者・小柄な患者・呼吸機能低下患者

50 kg・80歳の患者にとって100 μg は、70 kg・40歳とは全く違う薬物量です。 体重あたりに換算すると 2 μg/kg を超えてしまうこともある。絶対量で議論するな、相対量で見ろということです。

③ 胸部硬膜外で頭側広範囲に効かせた時

胸部硬膜外から入れたフェンタニルは、脳まで物理的に近く、血液関門への到達も早くなる傾向があります。腰部硬膜外より「効きが速い」と感じることが多いのはこのためでしょうか。

④ 持続注入のうえに乗せる連続ボーラス

すでにバックグラウンドで血漿濃度が上がっている状態に 100 μg ボーラスを追加すると、当然総量は跳ね上がります。「持続+ボーラス併用」設計のときは、ボーラスを 20〜30 μg に抑えるのが吉。

つまり、「100 μgで覚めない」という指導は、こうした要注意状況の経験則の上にあり、すべての状況を過剰一般化したものだと想像できます。

では、どう反論するか?

「100 μgはダメ」と言われたとき、こう返すのです。

「投与のタイミングと患者背景に依存します。 抜管30分以上前で、若年成人・70 kg・呼吸機能正常なら、硬膜外 100 μg ボーラスでも血漿濃度のピークは 1〜2 ng/mL 程度で、覚醒に支障は出ません(Taverne 1992, Ginosar 2003)。 危ないのは『抜管直前』『高齢小柄』『持続中の上乗せ』であって、薬の絶対量そのものではありません」

これで議論のフォーカスは「絶対量(100 μg )」から「適切なタイミングと患者背景」に変わります。

実践的なルール(さぬちゃん流)

私が研修医に教えるときの3つのルールはこれです。

  1. 抜管 30 分前ルール:抜管直前のボーラスは避ける。最後のボーラスは抜管 30 分以上前か、抜管後に小分割で。
  2. 持続中ボーラスは小さく:バックグラウンドが流れているなら、追加は 20〜30 μg(PCEA bolus 設定)で十分。
  3. 背景で量を変える:体重・年齢・呼吸機能不良で減量。50 μg からスタートが無難な場合も多い。

これさえ守れば、100 μg ボーラスは安全に脊髄性鎮痛を引き出す手段になります。 「100 μg は危ない」ではなく「100 μg を安全に使う条件を知っている」ことが、真の麻酔科医としては重要でしょう。

文献

  1. Taverne RH, Ionescu TI, Nuyten ST. Comparative absorption and distribution pharmacokinetics of intravenous and epidural sufentanil for major abdominal surgery.
    Clin Pharmacokinet 1992;23(3):231-7. doi:10.2165/00003088-199223030-00005
  2. Ginosar Y, Riley ET, Angst MS. The site of action of epidural fentanyl in humans: the difference between infusion and bolus administration.
    Anesth Analg 2003;97(5):1428-38. doi:10.1213/01.ANE.0000081793.60059.10