こんにちは、さぬちゃんです。
少し前にXのマクラで話題になったネタです。麻酔科の現場で意外と語られないけれど臨床で必ず一度はぶつかる、硬膜外フェンタニルのボーラス投与の話です。
硬膜外カテーテルからフェンタニルをチョロチョロ持続で 20 μg/h だけ流していると、なぜか効かない。 でも、100 μg をドンッとボーラスすると、ちゃんと分節性に効く。
「気のせいでしょ?」と思った方、気のせいではありません。これは薬物動態学的にきちんと裏付けのある現象で、2000年代初頭に決着がついています。その話を、つれづれにまとめてみたいと思います。
「硬膜外フェンタニルの作用部位はどこか?」という長年の論争
90年代、教科書には「硬膜外フェンタニルは脊髄後角の opioid 受容体に作用する」と書かれていました。 ところが、論文を読み比べていくと、どうも話が合わない。
- 「硬膜外フェンタニルは静注と効果が変わらない(=全身吸収後の supraspinal 作用じゃないか)」と結論する論文
- 「いやいや、硬膜外フェンタニルは分節性に効くのだから、これは脊髄作用に違いない」と結論する論文
両方とも査読を通った真っ当な研究なのに、結論が真逆。
一体どちらが正しいのか? この対立に決着をつけたのが、 Ginosar らのAnesth Analg 2003 の論文です。
Ginosar 2003 ── 同一被験者で「ボーラス vs 持続注入」を比べた
Ginosar Y らが Anesth Analg に出した小さな、しかし美しい研究[1]。
- 健常ボランティア 10 名にクロスオーバーで両方を施行
- ボーラス日:硬膜外に 30 μg → 後に 100 μg をボーラス
- 持続日:硬膜外に 30 μg/h → 後に 100 μg/h を持続注入
- 腰部と頭側(=胸部より上)の皮膚で熱・電気痛閾値を測定
結果は、とても明快です。
| 投与法 | 鎮痛の広がり | 血漿濃度との関係 |
|---|---|---|
| ボーラス | 分節性(脚 > 頭) | 直線関係なし |
| 持続注入 | 非分節性(脚 ≒ 頭) | 直線関係あり |
つまり、
- ボーラスは「脊髄で効いている」── だから腰部だけ強く、頭側は弱い
- 持続は「血液に乗って脳に効いている」── だから腰も頭も同じだけ効く
両者は「硬膜外腔に入れた同じ薬」なのに、作用部位そのものが違うのです。同じ患者の体内で起きていることが、投与のやり方ひとつでこんなに変わるのです。
過去の論文がねじれていた理由も簡単に説明できます。「分節性に効いた」と言っている論文はボーラスを使い、「効果は静注と同じ」と言っている論文は持続を使っていたわけです。
なぜそうなるか?──Bernards の薬物動態学
機序を解剖したのが、ワシントン大学の Bernards のグループ。 ブタの硬膜外腔・髄液・血漿を マイクロダイアリシス で同時に測定するという、当時としては力技の研究を Anesthesiology に2報出しました[2,3]。
その結論を要約すると、
硬膜外腔は、フェンタニルにとって「脂肪」と「静脈叢」という巨大な吸い込み口がある場所である。
硬膜外脂肪と硬膜外静脈系は、脂溶性の高い薬を片っ端から飲み込みます。 親水性の高いモルヒネは脂肪に取られにくいので、ゆっくり髄液側に拡散していけます。だから硬膜外モルヒネは持続でも効く。
ところが、フェンタニルはバリバリ脂溶性。
- 低濃度・低流量で流す → 硬膜外脂肪と静脈系に呑まれ、髄液まで届かない
- 髄液側にできる濃度勾配が小さい → 脊髄後角の opioid 受容体まで到達する量がごくわずか
- 一方で、血漿濃度もチョロチョロでは鎮痛閾値(1〜2 ng/mL)に届かない
- 結果として、脊髄にも全身にも効かない
これが「20 μg/h 持続だけだとなぜか効かない」の正体です。
ところが 100 μg のボーラスを乗せると、
- 一過性に硬膜外腔の濃度が爆上がり
- 脂肪 sink を一瞬で飽和させ、髄液への濃度勾配が大きく立ち上がる
- 脊髄後角の opioid 受容体まで届く
- 同時に血漿濃度も瞬間的に鎮痛閾値を越える
二経路の同時スイッチが入るわけです。「ドンッと入れて分節性に効いた」という現場感覚は、薬物動態的に完璧に説明がつきます。
「硬膜外持続は静注と同じ」を示す古典的データ
Ginosar 2003 の前から、状況証拠は積み上がっていました。
- Loper KA et al., Anesth Analg 1990[4]
膝靭帯手術後の患者で、硬膜外フェンタニル持続と静注フェンタニル持続を比較。鎮痛スコアも血漿濃度(両群とも 1.7〜1.8 ng/mL)もそっくり同じ。 - van Lersberghe C et al., J Clin Anesth 1994[5]
72時間の硬膜外/静注/経皮持続。鎮痛は3群で同等。それどころか硬膜外群では血漿濃度がどんどん上がり続け、48時間後には呼吸抑制域に達した。
──「硬膜外から全身に吸収・蓄積している」 - Menigaux C et al., Anesth Analg 2001[6]
術後 PCA でスフェンタニルを少量ボーラス。同じ鎮痛を得るのに硬膜外群は静注群の約1.5倍量を要した。やはり脂溶性が高いと硬膜外脂肪に取られる。
ここまで揃うと、「持続だけで使う硬膜外フェンタニルは、静注の非効率で面倒な投与法」ですね。
では現場でどう活かすか?
① 硬膜外フェンタニルは "持続+ボーラス" 設計が薬物動態的に正しい
PCEA の bolus(20〜30 μg、適切な lockout)は、単に「PRN で欲しいときに使う」のではなく、脊髄作用を能動的に引き出すための機構です。ベースは局所麻酔薬主体、opioid はボーラスで脊髄に効かせる
② 「持続を増やして効かなければ静注を足す」のは間違っていない
「硬膜外で持続入れているのに痛い」→ 持続量を倍にする……の前に、薬物動態的にはほとんど意味がない可能性が高い。カテーテル位置(片効き・抜けかけ)と局所麻酔薬濃度をまず疑う
③ 「持続のみ」で本当に脊髄作用が欲しければ親水性 opioid
これが硬膜外モルヒネが今も生き残っている理由です。モルヒネは脂肪 sink に取られないから、低濃度・低流量持続でも髄液に到達する。
④ 教育で説明するときの一言
「硬膜外フェンタニルは、ボーラスは脊髄で効き、持続は血中で効く」
まとめ
硬膜外フェンタニル 20 μg/h の持続だけで効かないのは、けっして気のせいでもプラセボでもなく、薬物動態学的に当然です。脂溶性の高いフェンタニルは硬膜外脂肪と静脈叢に呑まれてしまい、低濃度・低流量では脊髄にも血漿にも届かない。ところがボーラスは脂肪 sink を瞬間的に突破して脊髄に到達する。
これは、麻酔科の薬理を学ぶうえでとても良い教材だと思っています。 「同じ薬・同じ場所・違う流量」で作用部位がここまで変わる現象を知っておくと、術後鎮痛のレジメンの組み立てが深まります。
では、また。
文献
- Ginosar Y, Riley ET, Angst MS. The site of action of epidural fentanyl in humans: the difference between infusion and bolus administration.
Anesth Analg 2003;97(5):1428-38. doi:10.1213/01.ANE.0000081793.60059.10 - Bernards CM, et al. Epidural, cerebrospinal fluid, and plasma pharmacokinetics of epidural opioids (part 1): differences among opioids.
Anesthesiology 2003;99(2):455-65. doi:10.1097/00000542-200308000-00029 - Bernards CM, et al. Epidural, cerebrospinal fluid, and plasma pharmacokinetics of epidural opioids (part 2): effect of epinephrine.
Anesthesiology 2003;99(2):466-75. doi:10.1097/00000542-200308000-00030 - Loper KA, et al. Epidural and intravenous fentanyl infusions are clinically equivalent after knee surgery.
Anesth Analg 1990;70(1):72-5. doi:10.1213/00000539-199001000-00012 - van Lersberghe C, Camu F, de Keersmaecker E, Sacré S. Continuous administration of fentanyl for postoperative pain: a comparison of the epidural, intravenous, and transdermal routes.
J Clin Anesth 1994;6(4):308-14. doi:10.1016/0952-8180(94)90078-7 - Menigaux C, et al. More epidural than intravenous sufentanil is required to provide comparable postoperative pain relief.
Anesth Analg 2001;93(2):472-6. doi:10.1097/00000539-200108000-00046