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さぬちゃんの麻酔科医生活

血圧を2.5分ごとに測っても低血圧は減らない?ただし維持期ではね

こんにちは、さぬちゃんです。

麻酔科医なら誰でも一度は思ったことがあるはず。

「非観血血圧(NIBP)、5分ごとって……ちょっと間隔あきすぎじゃない?」

だったら測定間隔を半分の2.5分にすれば、低血圧をもっと早く見つけて、もっと減らせるんじゃないの?──この素朴な疑問に、ドイツ・ハンブルクのSaugelらのグループがRCTで答えを出しました。結論から言うと「減らなかった」。

……ただし、ここで話を終わらせると大事なものを見落とします。

この試験が見ているのは、あくまで「麻酔維持期」の低血圧なんです。

麻酔で血圧がいちばん荒れる局面はどこか。多くの先生が肌感覚でわかっているとおり、それは導入直後ですよね。今日はこの「維持期 vs 導入期」という切り口で、測定間隔と血圧監視の話を根本から考え直してみます。

 

まず今回の試験:「2.5分 vs 5分」は何を見たのか

試験の概要(Kouzら, Anesthesiology 2026)

  • デザイン: 単施設・ランダム化比較試験(参加者盲検)
  • 対象: 全身麻酔下で待機的に非心臓手術を受ける患者 264例(低〜中リスク中心)
  • 介入: 上腕カフのオシロメトリ血圧を、術中に 2.5分ごと に測る群 vs 5分ごと に測る群
  • 評価の裏側: 両群とも、盲検化した フィンガーカフ連続血圧 を回して“真の血圧”を記録
  • 主要評価項目手術中のMAP<65mmHgの時間加重平均(TWA)

ここで太字にした「手術中」がキモです。この試験の主要評価は、執刀開始後=麻酔維持期の血圧を見ています。導入直後の“いちばん荒れる時間帯”は、主要評価の主戦場ではないんですね。

用語をひとつ。TWA(時間加重平均)=「どれくらい深く×どれくらい長く」低血圧だったかを手術時間で割って“ならした”指標。閾値(65mmHg)を下回った“面積”を時間で標準化したものとイメージしてください

結果は前回お伝えしたとおり、見事に差なし

  • 主要評価(MAP<65のTWA): 2.5分群も5分群も中央値 0.00 mmHg、P=0.27
  • 深い低血圧(MAP<50が1分以上): 2.5分群5.3% vs 5分群9.9%(数では半分だが P=0.24で有意差なし)
  • ノルアドレナリン累積量: 両群差なし

要するに「低〜中リスクの待機手術で、ノルアドで血圧をタイトに管理していれば、維持期の低血圧はそもそもほぼゼロ。だから測定間隔を詰めても減らしようがなかった」。フロア(下限)効果ですね。満点の答案は、それ以上良くできないってこと。

 

「維持期で差がない=導入期でも差がない」ではない

さて、ここが今日の本題です。

維持期で差が出なかったからといって、「じゃあ測定間隔なんてどうでもいい」と一般化してしまうと、危ない!

なぜなら、導入期は維持期とまったく別の血行動態イベントだからです。

同じハンブルクのグループが、実はこの点を以前からきっちり分けて研究しています。

Südfeldら(BJA 2017)は、術中低血圧を発生する“局面”ごとに分けて解析しました。

  • 導入後低血圧(PIH): 麻酔導入後20分以内の低血圧
  • 早期術中低血圧(eIOH): 執刀開始後30分以内の低血圧

そのうえで「この2つは、背後にあるメカニズムが違うのだから、分けて考えるべきだ」と主張しています。実際、導入後低血圧のリスク因子として、導入前の収縮期血圧・年齢・緊急手術が独立して関連していました。

 

なぜ局面で分ける必要があるのか。ざっくり言えば──

  • 導入期: 麻酔薬(プロポフォールなど)による血管拡張・心抑制が、手術侵襲という“血圧を上げる刺激”がまだ来ていないタイミングで一気に効く。だから血圧が“ストン”と落ちる。しかも執刀前で手術操作もなく、外科医もまだ手を出していない“空白地帯”。
  • 維持期: 手術侵襲による交感神経刺激と麻酔薬のバランスがある程度取れてくる。出血や体位変換といった“イベント”がなければ、血圧は比較的安定して推移する。

つまり導入期は、「下げる力(麻酔薬)」だけが先行して「上げる力(手術刺激)」が不在という、構造的に低血圧が起きやすい時間帯なんです。

 

そして導入期こそ、間欠測定の弱点が最大化する

ここで“測定間隔”の話に戻ってきます。

導入期の血圧低下は、速くて急峻です。プロポフォール投与から数十秒〜数分で、MAPが一気に下がることがある。この局面で「5分ごと」の間欠測定をしていると、何が起きるか。

カフが膨らんで、しぼんで、値が出る。その次の測定まで最大5分。その5分のあいだに、血圧が谷を作って、また戻っているかもしれない。モニターは前の値を平然と表示し続け、臨床医は“谷”の存在に気づかないまま導入が進む。

維持期の「なだらかな血圧推移」を5分ごとに追いかけるのと、導入期の「急峻な谷」を5分ごとに追いかけるのとでは、見逃しのリスクがまるで違う。変化が速い局面ほど、測定間隔の“空白”が致命的になるわけです。

これを実証したのが、同じグループの2つのRCTです。

AWAKE試験(Kouzら, BJA 2022) 動脈カテーテル(Aライン)による連続測定を、導入前から使う群と、間欠オシロメトリ群を比較。導入後15分間のMAP<65の面積が、連続測定群で67%減少しました。著者らの実務的な示唆が秀逸で、「Aラインを入れる予定の患者なら、導入後ではなく導入前に入れたら?」と。

DETECT試験(Kouzら, Anesthesiology 2023) 今度は侵襲的なAラインではなく、フィンガーカフの連続測定で検証。連続測定群では、導入後15分の低血圧(MAP<65の面積の中央値 7 vs 19 mmHg×分)も、手術中の低血圧も、いずれも有意に減少しました。

さらに遡ると、Maheshwariら(Anesth Analg 2018)も、フィンガーカフ連続測定で術中低血圧がほぼ半減することを示しています(ただし「臨床的意義はまだ不確か」と慎重)。

 

3つの試験を並べると、全体が見えてくる

ここまでの流れを整理しましょう。同じ研究グループが、実は一貫したストーリーを描いています。

試験 何を比較 主な局面 結果
AWAKE (2022) 連続Aライン vs 間欠 導入期 導入時低血圧が67%減少
DETECT (2023) 連続フィンガーカフ vs 間欠 導入期+維持期 両方で有意に減少
今回 (2026) 間欠2.5分 vs 間欠5分 維持期 差なし

この3つを並べると、冒頭の問い:「連続測定が効くのは、常時見えているからか、単に測定頻度が上がったからか?」への答えが見えてきます。

  • 連続測定 → 低血圧が減る(AWAKE, DETECT)
  • 間欠の頻度を2倍にしただけ → 減らない(今回、少なくとも維持期・低リスクでは)

素直に読めば、「間欠測定の頻度を上げるだけでは、連続測定の代わりにはならない」。連続測定の価値は、単なる測定回数ではなく、リアルタイムに、トレンドとして、切れ目なく血圧が見えることにある。とくに導入期のような“急峻な谷”が起きる局面では、2.5分の間隔でもまだ谷を取りこぼしうる

そしてなぜ今回の維持期RCTで差が出なかったかも、導入期と維持期を場合わけすることで、スッキリ理解できます。維持期は、そもそも血圧が急変しにくい“おだやかな局面”だから。おだやかな局面では、間欠2.5分でも5分でも、拾える情報にたいした差がなかったというわけです。

 

なぜ「低血圧を減らす」ことにこだわるのか

念のため、そもそもの動機も押さえておきましょう。術中低血圧(IOH)が術後の臓器障害と関連することは繰り返し示されています。

  • Salmasiら(Anesthesiology 2017): MAP 65mmHg未満、あるいはベースラインから20%以上の低下が、急性腎障害(AKI)と心筋障害の両方に段階的に関連。低い血圧に長くさらされるほどオッズが上がる。
  • Wesselinkらのシステマティックレビュー(BJA 2018): 42研究をまとめ、MAP 80mmHg未満が10分以上続くと臓器障害リスクが上がりはじめ、血圧が下がるほどリスクが増していく。

「低血圧は、深さ×時間の“面積”で効く」というのが共通の理解。だからこそ、深さ×時間の面積が生まれやすい導入期をどう守るかが、臨床的にはとりわけ重要になるわけです。

 

さぬちゃん的まとめ

局面ごとに整理すると、こうなります。

  • 維持期(おだやかな局面)

低〜中リスクの待機手術で、低血圧を見つけたら躊躇なく昇圧する──この管理ができていれば、間欠5分でも十分戦える、という一つの根拠。「なんとなく不安だから2.5分」に神経質になりすぎなくてよい。ただしこれは「低血圧が既にほぼ無い集団」での話であって、「5分がベスト」という意味ではありません!

  • 導入期(荒れる局面)

ここは維持期の結論を持ち込んではいけません導入期は構造的に低血圧が起きやすく、しかも変化が速い。間欠測定の弱点が最大化する局面です。

 

  • Südfeldのリスク因子(導入前の低血圧・高齢・緊急手術)に当てはまる患者では、導入時低血圧を予測して先手を打つ
  • Aラインを入れる予定の症例なら、AWAKEの教訓どおり導入前に入れて連続測定を立ち上げることを検討。
  • 導入期の“谷”が怖い症例では、フィンガーカフなどの連続非観血モニタも選択肢。

 

  • 「頻回」と「連続」は別物

間欠の間隔を詰めることと、連続で見ることは、得られるものが質的に違う。血圧が動く局面では、間隔短縮よりも連続化のほうが効く可能性が高い。

 

  • ネガティブスタディこそ、条件を読むべき

「2.5分でも差がなかった」を額面どおり受け取らず、“どの局面で・どんな患者で・どんな管理下で差がなかったのか”をセットで理解する。今回で言えば「維持期・低リスク・タイトな昇圧管理下」という限定条件が本質でした。

 

今回の試験の面白さは、「差がなかった」という結果そのものよりも、それが“どの局面の話なのか”を意識させてくれるところにあります。

維持期は、間欠5分でも案外守れる。でも導入期は別物で、そこでは“連続で見る”ことに明確な価値がある。同じ「血圧監視」でも、局面が変われば最適解が変わる──この当たり前のようで見落としがちな事実を、ハンブルクグループの一連の研究は美しく描き出しています。

「血圧、5分ごとで大丈夫?」の答えは、「維持期なら、たぶん大丈夫。でも導入の谷だけは、間欠測定に任せきりにしないで」

これが今日の結論です!

 

それではまた。

 

参考文献

  1. Kouz K, Sierzputowski P, Turan A, et al. Intervals for Oscillometric Arterial Pressure Monitoring during Noncardiac Surgery: The "2.5-Minute versus 5-Minute" Randomized Clinical Trial. Anesthesiology. 2026;145(2):291–299. DOI

  2. Südfeld S, Brechnitz S, Wagner JY, et al. Post-induction hypotension and early intraoperative hypotension associated with general anaesthesia. Br J Anaesth. 2017;119(1):57–64. DOI

  3. Kouz K, Wegge M, Flick M, et al. Continuous intra-arterial versus intermittent oscillometric arterial pressure monitoring and hypotension during induction of anaesthesia: the AWAKE randomised trial. Br J Anaesth. 2022;129(4):478–486. DOI

  4. Kouz K, Weidemann F, Naebian A, et al. Continuous Finger-cuff versus Intermittent Oscillometric Arterial Pressure Monitoring and Hypotension during Induction of Anesthesia and Noncardiac Surgery: The DETECT Randomized Trial. Anesthesiology. 2023;139(3):298–308. DOI

  5. Maheshwari K, Khanna S, Bajracharya GR, et al. A Randomized Trial of Continuous Noninvasive Blood Pressure Monitoring During Noncardiac Surgery. Anesth Analg. 2018;127(2):424–431. DOI

  6. Salmasi V, Maheshwari K, Yang D, et al. Relationship between Intraoperative Hypotension, Defined by Either Reduction from Baseline or Absolute Thresholds, and Acute Kidney and Myocardial Injury after Noncardiac Surgery: A Retrospective Cohort Analysis. Anesthesiology. 2017;126(1):47–65. DOI

  7. Wesselink EM, Kappen TH, Torn HM, et al. Intraoperative hypotension and the risk of postoperative adverse outcomes: a systematic review. Br J Anaesth. 2018;121(4):706–721. DOI

 

身分で覚える昇圧薬

血圧がスーッと下がった。手が伸びる先は、いつものエフェドリン? ネオシネジン?

……ちょっと待った!

昇圧薬って、名前と番号(何mg入れるか)だけを丸暗記しても、いざ本番で「あれ、この場面どっち使うんだっけ」となりがちなんです。研修医あるあるです。

そこで今日は、昇圧薬を 「身分・階級」 に、受容体を 「肩書き」 に見立てて、頭を整理しましょう。

昇圧薬 ...まず身分の全体像

細かい話に入る前に、今日の登場人物を「身分の低い順」に並べておきます。この序列が頭に入っているだけで、記事がグッと読みやすくなります。

身分・階級 薬剤
👑 王様 アドレナリン
🤴 プリンス(皇太子) ノルアドレナリン
🎩 上級貴族 ドブタミン
🎩 下級貴族 ドパミン
🧑‍🌾 平民 エフェドリン/フェニレフリン
🥷 別ルートの助っ人 バソプレシン

平民から順に出世していって、最後に「王様」と、王家とは別ルートを歩む「助っ人」が控えている、というイメージですね。


まずは「肩書き」= 受容体を覚えよう

薬剤の擬人化の前に、彼らが名乗る「肩書き」を押さえます。受容体は、それぞれ担当業務がハッキリ分かれた"係"だと思ってください。

  • α₁ 受容体 = 「血管を締める係」 末梢血管をギュッと絞って体血管抵抗(SVR)を上げる=血圧(圧)が上がる
  • β₁ 受容体 = 「心臓に鞭を入れる係」 心拍数を上げ、心収縮力を強める=心拍出量(流れ)が増える
  • β₂ 受容体 = 「血管をゆるめ、気道を開く係」 骨格筋の動脈を広げて血圧はむしろ下げる方向、同時に気管支を広げる
  • V₁ 受容体 = 「カテコラミン非依存の血管締め係」 アシドーシス(酸性環境)でもへこたれず、カテコラミンとは"別ルート"で強力に血管を締める

この4つの係さえ覚えれば、あとはどの薬がどの係に強いかだけです。

昇圧薬か、強心薬か ―― そもそもの分かれ道

もうひとつ、出発点になる大前提。

  • 昇圧薬(Vasopressor):血管を締めて 血圧(=圧) を上げる薬
  • 強心薬(Inotrope):心臓のポンプ機能を高めて 心拍出量(=流れ) を増やす薬

低血圧を見たとき、「が足りないのか、流れが弱っているのか」。

ここを見極めるのが薬剤選択のスタート地点。

ここを間違えると、「血圧を上げたいのに強心薬だけ入れて逆に下がった」なんてことも起きます(後述のドブタミンの落とし穴)。


あげあげオールスターズのご紹介

では、身分の低い順に、麻酔科の主役たちを紹介していきましょう。各見出しの頭に「階級バッジ」をつけておくので、今どの身分の話をしているか、ひと目でわかるはずです。

1.〈平民 その1〉エフェドリン いちばんの働き者

身分:平民 / 商品名:エフェドリン「ナガヰ」

ちょこちょこ働く、麻酔科でいちばん身近な働き者

  • 肩書き(受容体):α・βの両方に効く混合型。βは"直接作用"、αは交感神経終末から自前のノルアドを放出させる"間接作用"。だから まずβ(脈・収縮力↑)が出て、遅れてα(血管収縮)で血圧が上がる という時間差があります。
  • 効果:心拍数↑↑/心拍出量↑↑/末梢血管抵抗は±/平均血圧↑↑
  • 出番:全麻導入後や脊麻後の、一過性でマイルドな低血圧。とくに 「血圧低め+脈も遅め」 の場面。気管支拡張作用もあるので喘息傾向にも優しい。
  • 使い方:1回 4〜8 mg 静注。1A(40 mg/1 mL)を生食で 全量10 mL(4 mg/mL) に希釈して 1〜2 mL ずつ。1〜2分で効いて10〜15分持続。連投は 24 mg くらいまで が目安。
  • 落とし穴タキフィラキシー。自前のノルアド在庫を放出させて効く薬なので、叩き続けると在庫切れでピタッと効かなくなる。3〜4回押して戻らなければ、潔く直接型(フェニレフリンやノルアド)へ切り替えを。少量すぎるとβ₂が先行して一瞬下がることがある。

2.〈平民 その2〉フェニレフリン  生真面目な一本気

身分:平民 / 商品名:ネオシネジン

βには目もくれず、血管収縮だけに命をかける一本気なキャラ

  • 肩書き選択的 α₁ 刺激薬(直接型)。βはほぼ効かない。
  • 効果:末梢血管抵抗↑↑↑/平均血圧↑↑↑。一方で 心拍数↓(反射性徐脈)、後負荷が増えるので 心拍出量も↓ 傾向。
  • 出番:「末梢が開いて(SVR低下)落ちた」一過性の低血圧。レミフェンタニルでガクッと下がったとき。そして 「頻脈にしたくない・血管を開きたくない」病態(AS、HOCM、冠動脈疾患・虚血性心疾患)。産科の脊麻後低血圧では、胎児アシドーシスを来しにくく、いまはエフェドリンを凌ぐ第一選択です。
  • 使い方:1回 0.05〜0.1 mg(最大0.2 mg)静注。1 mg を全量10 mL(0.1 mg/mL)に希釈して 0.5〜1 mL ずつ。持続なら 0.1〜1.5 μg/kg/分。効果は5〜10分と短め。
  • 落とし穴反射性徐脈。もともと脈が遅い人に使うとさらに徐脈が悪化。高度なら相対禁忌、対処はアトロピン。持続で締めすぎると腎血流もガッツリ落とします。

3.〈下級貴族〉ドパミン   顔色を変える多面相

身分:下級貴族 / 商品名:イノバン

持続管理の定番だけど、投与量で別人格になる多面相の困ったちゃん

  • 肩書き:D受容体+α₁+β₁。Dには直接、α・βへは主に間接作用。
  • 量で変わる顔
    • 低用量 1〜3 γ:【D作用】腎・腸間膜血管を開いて尿は出る。血圧・脈は不変
    • 中用量 3〜10 γ:【β₁】脈↑・収縮力↑で心拍出量↑↑↑、血圧↑
    • 高用量 10〜20 γ:【α₁】末梢を強く締めて血圧をさらに↑
  • 使い方1〜20 γ(初期は 3〜5 γ から)。主流は 0.3%製剤(150 mg/50 mL) のプレフィルド。体重50 kgなら「1γ=1 mL/時」でピッタリなので、5γ=5 mL/時と超シンプル。開始5分以内に効いて、切れば10分以内に消える。
  • 落とし穴
    • 「低用量ドパミンの腎保護」神話はもう完全崩壊。腎保護目的の投与はしません(尿は出ても腎は守れず、むしろ虚血リスク)
    • 原則 CVCから。高用量を末梢持続は血管外漏出で虚血性壊死の危険
    • 絶対にボーラス禁(急速注入で冠動脈スパズム)、褐色細胞腫は禁忌

4.〈上級貴族〉ドブタミン  エレガントな純粋強心薬

身分:上級貴族 / 商品名:ドブトレックス、ドブポン

昇圧薬コーナーにいるけど、血管は締めずに心臓を優雅に力強く打たせる 純粋な強心薬 

  • 肩書き:人工の 選択的 β₁ 刺激薬(直接型)、α₁・β₂ はほぼ無視
  • 効果:心拍数↑/心拍出量↑↑↑(収縮力を強力に)/末梢血管抵抗↓(β₂で少し開く)。だから 平均血圧は必ずしも上がらない(±〜↓)
  • 出番:心筋梗塞後、急性・慢性心不全、心原性ショック、低EF 、「ポンプが弱って心拍出が足りず血圧が保てない」場面。敗血症でノルアドを十分効かせてもなお収縮力が落ちているときの併用
  • 使い方1〜20 γ(初期 2〜5 γ)。0.3%製剤を使い、50 kgなら 5 γ(5 mL/時)前後が目安。定常まで10〜20分
  • 落とし穴
    • 「血圧の薬」と勘違いして単独投与すると、血管が開いてむしろ血圧が下がる。必ず心エコーで心機能を確認し、血圧が落ちるならノルアド等の血管収縮薬を併用
    • HOCMは禁忌(左室流出路狭窄を悪化させ心停止の恐れ)。虚血性心疾患には酸素需要が跳ね上がるので極めて慎重に

5.〈プリンス〉ノルアドレナリン   頼れる王の後継

身分:王族(プリンス) / 別名:ノルアド、NAD

平民や貴族では歯が立たない重症低血圧を、力でねじ伏せる王族。強力に締めながら脈を崩さない天性のバランス感覚が売り

  • 肩書き:強力な α₁(直接・主作用)+マイルドな β₁(直接)、αが圧倒的優位
  • 効果:末梢血管抵抗↑↑↑/平均血圧↑↑↑、心拍数は±〜わずかに↓ 、フェニレフリンなら反射性徐脈になるところを、マイルドなβ₁が脈をそっと支えてくれるのでガタ落ちしない。心拍出量は↑〜±
  • 出番敗血症性ショックの第一選択、人工心肺離脱時などSVR著減を伴う持続的低血圧。最近の手術室の新常識 : 末梢から低濃度でポタポタ流す管理(脊麻後や維持期のマイルドな低血圧に!灌流も心拍出量も改善)
  • 使い方
    • CVC持続:0.03〜0.2 γ(重症は 0.01〜0.5 γ〜)。3A(3 mg)を50 mLに希釈すると 「0.1γ=0.1×体重 mL/時」 で計算がラク
    • 末梢の低濃度レシピ(必ず1/50〜1/100に高倍率希釈):
      • 標準:ノルアド 1 mg+生食 49 mL(全量50 mL、20 μg/mL
      • 安全重視:ノルアド 1 mg+生食 99 mL(全量100 mL、10 μg/mL
      • 末梢投与時の流速は 0.1 γ 以下を厳守
  • 落とし穴:高濃度・長期は原則CVC必須。末梢で漏れると強烈な血管収縮で 局所の虚血性壊死。末梢持続では 20G以上を手関節より中枢の太い静脈へ確実に留置し、側管から流し、穿刺部の痛み・蒼白・腫脹・冷感を毎時チェック。心室性頻拍・重篤な高血圧・循環血液量不足には禁忌。

6.〈王様〉アドレナリン  この国の絶対的頂点

身分:王族の頂点(王様) / 別名:ボスミン、エピ

あらゆるショック、プリンスでも太刀打ちできない超低血圧、そして 「心停止」という修羅場 にのみ降臨する、地上最強にして最後のカテコールアミン

  • 肩書き:α₁・α₂・β₁・β₂ の全部を極限まで直接刺激する最強のオールラウンダー
  • 量で激変する性格
    • 低用量 0.01〜0.02 γ:主にβ(心拍出量↑・気管支拡張・末梢拡張)
    • 中用量 0.02〜0.1 γ:α+β 混在
    • 高用量 0.1〜0.3 γ:主にα(血管をガチガチに締めて一気に持ち上げる)
  • 出番
    • 心肺蘇生(心停止):胸骨圧迫とセットの唯一無二のファーストライン
    • アナフィラキシーショック:血圧を保ちつつ気道浮腫を引き、気管支も広げられる絶対的第一選択
    • 重症心不全、人工心肺離脱時、ノルアド不応の超高度低血圧
  • 使い方
    • 心停止:1回 1 mg(原液1A) を3〜5分ごとに静注、生食20 mLで後押し
    • アナフィラキシー(静脈路なし)大腿中部の前外側にアドレナリン原液を筋注(成人0.5 mg/小児0.3 mg、または0.01 mg/kg)。必要に応じ15〜20分ごと追加
    • 異常低血圧のボーラス(モニター下):1 mLを20 mL等に希釈(50〜100倍)し、0.025〜0.05 mgずつ、バイタルと心電図を睨みながら慎重に
    • 持続:0.05〜0.2 γ(〜0.3 γ)
    • 局麻添加(10万〜20万倍):原液を100〜200倍希釈(0.005〜0.01 mg/mL)
  • 落とし穴
    • 局麻添加で 「耳介・指趾・陰茎」への注入は絶対禁忌(終末血管が締まり切って壊死)
    • 頻脈・PVC・心筋虚血・高血糖・乳酸上昇にも注意

7.〈別ルートの助っ人〉バソプレシン   王家とは別の血筋を歩む硬骨漢

身分:番外(V₁ルートの助っ人) / 商品名:ピトレシン(AVP=抗利尿ホルモン)

カテコラミン受容体にまったく反応しない頑固な低血圧を、独自ルート(V₁)から締め上げる、いぶし銀の助っ人。カテコラミンという「王家の血筋」とは別系統で戦う一匹狼

  • 肩書き:カテコラミン受容体を一切介さず、V₁(V₁ₐ)を直接刺激して血管平滑筋を締める。カテコラミンはアシドーシスで効きが鈍るけれど、バソプレシンは酸性環境でも変わらず締められるのが真骨頂
  • 効果:末梢血管抵抗↑↑↑/平均血圧↑↑↑。後負荷が跳ね上がるため心拍数・心拍出量は↓〜↓↓のことも
  • 出番:カテコラミン抵抗性ショック・敗血症性ショックへの追加(ノルアドに上乗せ)。麻酔科でいちばん光るのは 「ACE阻害薬・ARB内服患者の難治性 vasoplegia(血管麻痺)」。RAS系が抑えられカテコラミンが効きにくい病態に、驚くほど特効的に効く印象
  • 使い方:持続 0.01〜0.04 U/分(固定用量)(状況により最大0.06 U/分)。標準レシピは 1A(20 U/1 mL)を5%ブドウ糖で全量50 mL(0.4 U/mL)。開始は 0.03 U/分(=1.8 U/時=4.5 mL/時)を基本に、弱ければ0.005 U/分刻みで微調整
  • 落とし穴:締める力が強烈すぎて、欲張ると 指先・冠動脈・腸管を締めすぎ、心筋虚血や腸管壊死を招く。本質は抗利尿ホルモンなので 低Na血症 も。原則CVCから。

 

■昇圧薬・身分早見表

最後に、身分・肩書き・使いどころを一枚の表にまとめておきます

身分・階級 薬剤(商品名) 肩書き(主な受容体) キャラの一言 主な出番 代表用量
🧑‍🌾 平民① エフェドリン(ナガヰ) α+β混合(β直接・α間接) 身近な働き者。脈も遅い低血圧に 軽症・脈遅めの一過性低血圧 4〜8 mg 静注
🧑‍🌾 平民② フェニレフリン(ネオシネジン) 選択的 α₁ 締めるだけの一本気 頻脈NG・SVR低下(AS/HOCM) 0.05〜0.1 mg 静注
🎩 下級貴族 ドパミン(イノバン) D+β₁+α₁(量で変身) 投与量で別人格 持続管理(腎保護目的は×) 1〜20 γ 持続
🎩 上級貴族 ドブタミン(ドブトレックス) 選択的 β₁ 血管は締めぬ純粋強心薬 低EF・心原性ショック 2〜20 γ 持続
🤴 プリンス ノルアドレナリン 強力α₁+マイルドβ₁ 締めても脈を崩さぬバランス感覚 敗血症ショック第一選択 0.03〜0.2 γ 持続
👑 王様 アドレナリン(ボスミン) α₁α₂β₁β₂ 全部 最強にして最後の切り札 心停止・アナフィラキシー 心停止1 mg/筋注0.3〜0.5 mg
🥷 別ルート バソプレシン(ピトレシン) V₁(カテコラミン非依存) 酸性でも効く硬骨漢 カテコラミン抵抗性・vasoplegia 0.01〜0.04 U/分 持続

昇圧(締める)か、強心(鞭打つ)か!ドブタミンだけは「貴族の身分でも中身は強心薬」。単独で血圧は上がらない点に注意。

 


※ 用量・希釈はあくまで一般的な目安です。製剤規格や施設プロトコル、患者の病態に応じて必ず確認のうえご使用ください。

特定看護師(周術期麻酔管理領域パッケージ)の裁量、どこまで? ー 手順書・プロトコール・個別指示の境界線

こんにちは、さぬちゃんです。

 

最近、「特定行為研修修了看護師(いわゆる麻酔パッケージの特定ナース)に、麻酔のどこまでを任せていいの?」という問い合わせがほんとうに多い。

今日は、日本麻酔科学会『麻酔関連業務における特定行為研修修了看護師の安全管理指針』(令和5年3月)とそのFAQを骨格に、「手順書(包括指示)に書いていいこと」「個別指示(具体的指示)でないとダメなこと」「指示があってもそもそもダメなこと」を、具体例つきでつれづれに整理します。ここを曖昧にしたまま走ると、保助看法・医師法に触れかねないところです。

あるある

手術室で、こんな会話を聞いたことはないでしょうか。

「特定さん来てくれたし、この症例まるっとお願いできる? 導入も挿管も、レミとプロポの調整も」

 

…ちょっと待って。気持ちはわかるんです。人手は足りないし、特定さんは頼りになる。でも、そのお願いの半分は、手順書では出せない指示だったりします。

 

なぜそうなるのか。まずは「指示」という言葉の整理から

大前提:パッケージ修了=麻酔ぜんぶOK、ではない!!

ここがいちばん誤解されているところ

 

「術中麻酔管理領域パッケージ」という名前のすわりが良すぎて、「これを修了したら術中麻酔をまるごと任せられる」と思われがちです。でも、ちがいます!

ちなみに、2026年3月30日に「術中麻酔管理領域」パッケージが 「周術期麻酔管理領域」パッケージにに名称変更されています(令和8年3月30日付の省令一部改正通知)。

 

パッケージ研修には、麻酔薬・筋弛緩薬・麻薬の薬理学も、麻酔の生理学も、まったく含まれていません!

 

厚労省の「学ぶべき事項」にも麻酔管理への言及はない!

つまりパッケージは「術中によく出てくる特定行為8つを束で習う研修」であって、「麻酔科医の代わりになる研修」ではないんです。これ、基本です。

 

運用で手順書を出すのは常勤麻酔科専門医(麻酔管理料Ⅱの施設なら麻酔科標榜医)。

特定さんはその専門医が担当する症例で、看護師1名につき医師1名で実施し、同時に複数症例の麻酔看視はしない

これが指針のルールです。

指示には「3つのレイヤー」がある

看護師が「診療の補助」をするには、医師の「指示」が必要です

指示は、おおきく2つに分かれます。

 

① 具体的指示(=個別指示)

医行為をやるときの判断(やるか・やらないか、どうやるか)を、看護師が裁量で考えないように、できるだけ詳細に指定する指示

 

例:「6月20日14時に、Aさんに薬剤Bを5mg静脈内投与」

日付・患者・薬・量・経路・時間まで指定。看護師は判断せず、指示どおりに実施します。

 

② 包括的指示

具体的指示「以外」のもの。患者の状態に応じて看護師が柔軟に動けるよう、病態の変化を医師が予測して、その範囲内でやるべき行為を一括で出しておく指示。さらに2つに分かれます。

  • プロトコール:予測できる範囲で対応手順をまとめたもの。
    ①対応できる病態変化の範囲
    ②実施する薬剤投与・採血・検査の内容とその判断基準
    ③範囲を逸脱したときの医師への連絡
    を事前に取り決めて記載する。
  • 手順書:プロトコールの一種。ただし特定行為研修修了看護師だけが使える特別なもので、これによって「特定行為」が実施できる。

 

整理すると、こういう3階建てになります。

レイヤー

中身

看護師の裁量

手順書
(包括指示・特定行為)

修了した特定行為8つ

手順書の範囲内で、病態をみて判断・実施できる

個別指示
(具体的指示)

特定行為に含まれない薬剤・操作

原則、裁量なし。指示どおり実施

絶対的医行為

導入・覚醒・挿管抜管など

指示があっても看護師は実施不可

 

では、それぞれ具体的にいきましょう。

【A】手順書(包括指示)に書いていいこと=裁量ゾーン

パッケージで修了する6区分8行為。これは手順書(包括指示)で、特定さんが自分で病態をみて判断し、実施できる範囲です。

  1. 経口用/経鼻用気管チューブの位置の調整
  2. 侵襲的陽圧換気の設定の変更
  3. 人工呼吸器からの離脱
  4. 直接動脈穿刺法による採血
  5. 橈骨動脈ラインの確保
  6. 脱水症状に対する輸液による補正
  7. 硬膜外カテーテルによる鎮痛薬の投与および投与量の調整
  8. 持続点滴中の糖質輸液または電解質輸液の投与量の調整

 

ここが特定さんの腕の見せどころ。手順書に「こういう病態の範囲なら、こう動いていい」と書いておけば、いちいち電話で確認しなくても、範囲内なら看護師の判断で動けます。

具体例で考えると

  • 「チューブが深い/浅いと判断したら、〇〜〇cmの範囲で位置を調整してよい」
  • 「血ガスやSpO₂がこの基準なら、PEEP・FiO₂をこの範囲で設定変更してよい」
  • 「抜管基準(自発呼吸・意識・換気量…)を満たしたら、手順に沿って人工呼吸器から離脱してよい」
  • 「血ガスのために動脈採血、この条件で橈骨動脈ライン確保もしてよい」
  • 「尿量・血圧・in-outがこの範囲で脱水傾向なら、晶質液を〇mL/h上限で輸液補正してよい」
  • 「硬膜外の効きがこの程度なら、局麻薬の投与量をこの範囲で調整してよい」
  • 「血糖・電解質をみながら、維持輸液の投与量をこの範囲で調整してよい」

これが「裁量を渡す」ということ。

手順書を出すときの “お作法”

手順書には、法令で決まった6項目を必ず入れます。

①病状の範囲
②診療の補助の内容
③対象となる患者
④実施時に確認すべき事項
⑤医師への連絡が必要なときの連絡体制
⑥実施後の医師への報告方法

そして大事なのが、患者を特定して、1人ずつ発行すること。汎用の1枚を貼って終わり、はNG! 同じ行為でも、その看護師の理解力・判断力・技能に応じて作り分けることもあるし、医師や特定さんが交代したら再発行か再確認が必要です。手間はかかりますが、ここが安全の要です。

【B】個別指示(具体的指示)でないとダメなこと

ここがいちばん大事なところ。特定行為に「含まれない」ものは、手順書では実施できません。 別に、具体的指示(または特定行為とは別建ての包括的指示)が必要。そして、麻酔の中核になる薬は、ことごとくこちら側です。

 

指針・FAQが名指しで「特定行為に含まれない」と挙げているもの

  • 吸入麻酔薬の投与・投与量・投与速度の変更
  • 静脈麻酔薬の投与・投与量・投与速度の変更
  • 麻薬の投与・投与量・投与速度の変更
  • 筋弛緩薬の投与・投与量・投与速度の変更
  • 循環作動薬の単回(ワンショット/ボーラス)静注
  • そして 麻酔薬の調整そのもの

 

具体的には、

  • セボフルランの濃度をいじる
  • プロポフォール・レミフェンタニルのTCIやポンプ流量を変える
  • フェンタニルを追加でいく
  • ロクロニウムを追いがけする
  • 血圧が下がったからフェニレフリンやエフェドリンをワンショットする

 

→こういう「麻酔そのもの」の操作は、手順書(包括指示)には書けません!

 やるなら患者ごとの具体的指示(「収縮期が80を切ったらフェニレフリン0.1mgを静注」のように、薬・量・トリガー・経路を特定したもの)で運用します。

特定さんが術中の看視を担うときは、「手順書(特定行為)+プロトコール+具体的指示」を適切に組み合わせてまわします。これが指針の描く姿です。手順書1枚で麻酔が回るわけではないということです。

 

そしてもうひとつ大事な但し書き。医師が具体的指示を出しても、看護師にはできない行為がある(日本看護協会のガイドラインもそう述べています)!

安全性はもちろん、倫理的・法的・社会的に適合した指示であること。これが次の【C】です。

【C】指示があってもダメなこと=絶対的医行為

これは「個別指示にすればOK」ですらありません。医師が具体的指示を出しても、看護師は実施してはいけないゾーン。いわゆる絶対的医行為です。患者の状態や看護師の技量に関係なく、医師だけが実施できる行為とされています。

 

指針が「させないこと」と明言しているもの

  • 全身麻酔の導入
  • 麻酔の覚醒
  • 硬膜外麻酔・脊髄くも膜下麻酔・神経ブロック(の手技そのもの)
  • 気管挿管・抜管、そして声門上器具(ラリンジアルマスク等)の挿入・抜去を、手術室の麻酔業務として行うこと

「導入」「覚醒」ってどこまで?

FAQがちゃんと範囲を定義しています。

全身麻酔の導入=静脈麻酔薬や筋弛緩薬等を投与して導入をおこない、バッグ・マスクで十分換気しながら経口挿管。血圧・心拍・体温に留意しながら麻酔薬を吸入させ、人工呼吸器による呼吸管理を開始する(硬膜外併用のこともある)。

 

麻酔の覚醒=手術終了時、生体情報や胸部X線で肺野等を把握し、覚醒に向け麻酔の濃度・量を調整、筋弛緩薬投与のタイミングを判断・実施する。

 

ポイントは、この一連の流れの一部である挿管・抜管・声門上器具の出し入れも、ぜんぶ「導入・覚醒」に含まれるということ。だから、手術室の麻酔業務として看護師にさせてはいけない、というのが学会のはっきりした立場です。

「課長通知では挿管OKって書いてない?」への答え

「でも厚労省の医政局看護課長通知(医政看発1001第1号)では、挿管・抜管は診療の補助でできるとあるよね?」と思う方もいるはず。

→あれは、ICU・CCU・外科病棟といった手術室麻酔“以外”の場面を想定したものです。麻酔科が直接関与する術中麻酔は別、というのがこれまでの経緯。昭和40年の医事課長通知の時代から「麻酔行為は医行為」と整理されていて、学会は2013年の緊急声明以来ずっとこの線を守っています。だから手術室の麻酔業務としての挿管・抜管はさせない。 矛盾ではなく、場面が違う、と理解してください。

■さぬちゃんポイント:適応判断のワナ

倫理のFAQに、いい注意喚起があります。

「ふだんならAライン取らない症例だけど、全身麻酔下だし、通常の適応を超えてAライン取ってもいいだろう」

これ、適応判断としては不適切になりうるんです。手順書で「やってよい」とされている行為でも、その症例にほんとうに適応があるかは別問題。麻酔部門の責任者が監督すべきところです。

早見表

やること

手順書(包括)でOK?

必要な指示

気管チューブの位置調整

⭕️

手順書

侵襲的陽圧換気の設定変更

⭕️

手順書

人工呼吸器からの離脱

⭕️

手順書

直接動脈穿刺による採血

⭕️

手順書

橈骨動脈ライン確保

⭕️

手順書

脱水に対する輸液補正

⭕️

手順書

硬膜外カテからの鎮痛薬投与・量調整

⭕️

手順書

糖質・電解質輸液の投与量調整

⭕️

手順書

吸入・静脈麻酔薬の投与/量/速度変更

具体的指示が必要

麻薬・筋弛緩薬の投与/量/速度変更

具体的指示が必要

循環作動薬のワンショット静注

具体的指示が必要

全身麻酔の導入・覚醒

❌❌

指示があっても不可(絶対的医行為)

挿管・抜管・声門上器具の出し入れ(術中麻酔)

❌❌

指示があっても不可

硬膜外・脊麻・神経ブロックの手技

❌❌

指示があっても不可

 

⭕️=手順書で裁量を渡してよい/❌=手順書に書けない、患者ごとの具体的指示で/❌❌=そもそも看護師にさせてはいけない

記録と説明を、忘れずに 📝

最後に、運用で落としがちなところ。

 

  • 特定行為を実施したら速やかに麻酔記録・診療録に記載。誰が指示受けして誰が実施したかがわかるように。手順書の範囲を逸脱したときや、医師への報告事項は、はっきり残す
  • 麻酔説明書に特定さんが実施する行為を明記し、患者に説明・同意を得る。侵襲性の高い行為は個別に説明し、同意書に記載。掲示物で済ませず、術前に患者が質問・拒否できる機会を必ず作ること。
  • 麻酔管理料Ⅱを算定するなら、特定さんが実施した行為も麻酔記録への記載が必要!
    なお術前診察は「麻酔を担当する医師の一部の行為」に含まれないため、算定には標榜医または担当麻酔科医自身の診察が必要です。

まとめ:3階建てで覚える

  • 1階(手順書・包括指示):パッケージの8行為。病態をみて特定さんの判断で動ける裁量ゾーン。位置調整・設定変更・離脱・採血・Aライン・輸液補正・硬膜外鎮痛・維持輸液調整。
  • 2階(具体的指示):麻酔薬・麻薬・筋弛緩薬・循環作動薬ワンショット。これは手順書に書けない。患者ごとの具体的指示で。
  • 3階(絶対的医行為):導入・覚醒・挿管抜管・声門上器具・区域麻酔の手技。指示があっても看護師は不可。

「特定さんがいるから麻酔を任せておこう」ではなく、「特定さんの強みを、正しい指示の枠で活かす」。これが患者にとっても特定さんにとっても、いちばん安全で、いちばん気持ちのいい働き方だと思います。

では、また。

 

参考資料

麻酔関連業務における特定行為研修修了看護師の安全管理指針 <2023年4月制定>(日本麻酔科学会)

麻酔関連業務における特定行為研修修了看護師の安全管理指針

麻酔関連業務における特定行為研修修了看護師の安全管理指針 FAQ

麻酔関連業務における特定行為研修修了看護師の安全管理指針 FAQ2

 

※本記事は、日本麻酔科学会『麻酔関連業務における特定行為研修修了看護師の安全管理指針』(令和5年3月)および同FAQをもとに、さぬちゃんが噛みくだいて整理したものです。実運用は各施設の特定行為業務管理委員会・麻酔部門責任者の方針に従ってください。



ガンマ(γ)計算はお嫌いですか? その必要性と危険性を知る

こんにちは、さぬちゃんです。 カテコラミンや降圧薬の持続静注で必ず出てくるガンマ(γ)計算。サクッと整理します。

あるある

夜のICU。ナースに「先生、このノルアド、何 mL/時で?」と聞かれる。

指示は「0.1γ」。でもポンプに入れるのは mL/時。頭の中で「体重が…濃度が…」とグルグル、(^^ゞ

誰もが通る道です。ガンマの正体と注意点を、短く話します。

γ(ガンマ)って何?──ちょっと うんちく

1γ = 1 μg/kg/分(1分・1 kgあたり 1 μg)

実は「γ」は本来マイクログラム(μg)=重さを表す古い記号(非SI)。研究者の世界では、今でも γ といえば μg(重さ)のことです。 一方、「μg/kg/」という“速さ”の意味で γ を使うのは、臨床医療だけ(それも麻酔・集中治療が中心)。同じ記号でも、研究室では「重さ(μg)ベッドサイドでは「速さ(μg/kg/分)と、意味がガラッと変わる。英語論文では素直に “μg/kg/min” と書いてね

なぜ γ を使うの?

  • 体重あたりだから、体格が違っても「同じ強さ」を狙える&教科書と比較できる
  • 1分あたりだから、効きの速いカテコラミンを細かく刻める
  • 「今ノルアド0.1γ」で強さが一発で伝わる。チームの共通言語

要は、体格にも希釈にも左右されない「強さの物差し」です。

ポンプは mL/時、頭は γ──この“翻訳”が計算の正体

ポンプに入れるのは mL/時なので、毎回これを計算します。

mL/時 = γ × 体重(kg) × 60 ÷ 濃度(μg/mL) 濃度 = 薬剤量(mg) × 1000 ÷ 総液量(mL)

「×60」は分→時、「×1000」は mg→μg

ここの取り違えが事故のもと!

 

暗算がラクになる“魔法の希釈”

「3 mg/kg」を 50 mL に溶く → 1 mL/時 = 1γ

ドパミンやドブタミンなら「5γ=5 mL/時」と即答できます。 ただし希釈が変われば成立しません。 ノルアドに3 mg/kg(60 kgなら180 mg!)なんて入れない。高力価薬は薄い希釈なので、同じ mL/時でもγは別物。暗算ルールは“希釈とセット” で!

やってみよう(ドパミン・60 kg)

「3 mg/kg→50 mL」=180 mg/50 mL=3,600 μg/mL

5γなら、 5 × 60 × 60 ÷ 3,600 = 5 mL/時

 1γ=1 mL/時

ここが危ない(注意点)

カテコラミンはハイアラート薬。ミスが“桁”になるので10倍や1/10倍の間違いになって危険!

  • “分”と“時”、“/kg”の有無:取り違えると60倍体重倍(いちばん怖い)
  • 希釈・体重の取り違え:mg と総量mL、誰の体重かを声に出して確認
  • 常用域を体に入れる:「ノルアド50 mL/時」が出たら何か変、と気づけるように
  • 低流量の落とし穴:昇圧薬ラインをフラッシュすると一気にボーラス。シリンジ交換の隙間で昇圧が途切れることもある!
  • 最後は人と確認:計算は道具、開始前に必ず指導医チェック!

計算シート

毎回の暗算は大変なので、私が作成した計算シートを公開します。

百聞は一見にしかず、まずは画面を見てください。

『γ ガンマ計算シート』の画面

①薬剤と希釈(アンプル数・総液量)を選ぶ → ②「γ×体重」早見表が mL/時で表示

臨床使用範囲は色つき、範囲外は薄字、そのまま印刷もOK

実際にさわってみる:γ ガンマ計算シート(持続静注)

 

根拠(薬剤と希釈の表)は、拙著『麻酔科研修チェックノート 改訂第8版』表7-3-1・7-3-2と対応しています。シートで“答え”を、チェックノートで“仕組み”を!

www.yodosha.co.jp

 

まとめ

  • 1γ=1 μg/kg/分。研究者の世界では γ=μg(重さ)、γ=μg/kg/分 として使うのは臨床医療だけ
  • ポンプは mL/時。式は《γ×体重×60÷濃度》
  • 「3 mg/kg→50 mLで1 mL/時=1γ」は希釈とセット
  • 事故のもとは 分/時・/kg・希釈・体重 の取り違え。常用域とダブルチェックで防ぐ

たかが計算、されど計算。仕組みを分かって“道具”に頼るのが、いちばん安全で速い。

 

では、また。

麻酔薬投与開始前の「3分間の酸素投与」してますか?

事件は現場で起きていた

とある施設でのこと。 導入担当の先生が麻酔器の前に立ち、いよいよ麻酔開始という場面でした。

…あれ? よく見ると、マスクでの酸素投与をスキップして、いきなり静脈ラインからレミフェンタニルとプロポフォールが流れ始めたんです。 「え、ちょっと待って、前酸素化(脱窒素)は…」と心の中で叫ぶさぬちゃん。 でも時すでに遅し。患者さんの呼吸は止まり、30秒も経たずにパルスオキシメーターの数字が急降下。SpO2 90%をしたまわってアラームが鳴り響き、上級医が飛んでくるという、まさに「あるある」な光景を目の当たりにしました。

「ああ…やっぱりそうなるよね」と思ったあなた。私の仲間です。 この「3分間の酸素投与」の意味とエビデンスについてつれづれに考えてみたい。

なぜ3分間の酸素投与が必要なのか?

麻酔薬を入れると、多くの場合、自発呼吸が止まります。そして気道確保をして人工呼吸を始めるまでのあいだ、患者さんは無呼吸状態。 この無呼吸の時間を安全に乗り切るための“貯金”をつくるのが、プレオキシゲネーション(前酸素化) です。言い換えれば、肺の中を空気中の窒素を追い出して、酸素で満たしておく方法。これを怠ると、貯金ゼロで無呼吸に突入するので、すぐに低酸素になってしまいます。

体内に貯まる酸素のハナシ

カラダの中で酸素を蓄えられる場所は、肺(とくに機能的残気量:FRC)と血液中(ヘモグロビンや溶解酸素)だけ。成人のFRCは約30 mL/kgなので、体重70 kgだと約2,100 mLの空気が肺に残っています。空気(酸素21%)のままなら、その酸素量はたったの

2,100 mL × 0.21 ≒440 mL

安静時の酸素消費量は約250 mL/分ですから、計算上は1分ちょっとで肺の酸素は底をつきます。実際、前酸素化なしの安全無呼吸時間(SpO2 90%まで)は、健常人でも 1〜2分 しかないと言われています。

そこで、100%酸素を3分間吸ってもらうと、FRC内の酸素濃度が90%前後まで上昇。同じ計算で肺内酸素量は

2,100 mL × 0.9 ≒1,890 mL

なんと酸素貯金が約4倍に! 無呼吸になっても健常人なら約8分はSpO2を保てる計算になります。これが「3分の酸素投与」の根拠。言うなれば、カラダの中に酸素ボンベをしこむようなものですね。

※ あくまで“ざっくり概算”です。厳密には肺胞気には二酸化炭素や水蒸気が含まれるので、肺胞の酸素分画は肺胞気式で計算するともう少し低くなります。「だいたいこのくらい貯まる」というイメージです。

ちょっとエビデンスを

  • Benumofらの古典的シミュレーション研究(Anesthesiology 1997)[1]
    これは実測ではなく、生理学モデルから無呼吸時の脱飽和を試算した有名な研究です。100%酸素で十分に前酸素化した健常成人が無呼吸になってからSpO2 90%を切るまでの時間を 約8分 と算出。同じモデルで中等度の合併症をもつ成人は約5分肥満患者は約2.7分 と、条件が悪いほどガクッと短くなることも示しています。あの「8分」という数字の出典は、実はこの1997年のモデル研究です。
  • Difficult Airway Society(DAS)ガイドライン[2,3]
    DASは2015年版[3] の時点で「全例、全身麻酔導入前に前酸素化を行うべき」と明記し、目安としてEtO2 0.87〜0.9(87〜90%)を示していました。そして2025年に大改訂された最新版[2]では、フェイスマスクによる前酸素化の効果判定として、一般にEtO2≧0.9(90%) を目標とすることがはっきり書き込まれました。ここでひとつ、大事なニュアンス。この「≧0.9」は“全例で必ず90%まで上げろ”という必達ラインではなく、あくまで「一般的に!フェイスマスク使用時に目指す目標値」です。HFNO(高流量鼻カニュラ)を併用するとEtO2モニタリング自体の信頼性が下がるため、この数値をそのまま当てはめられません[2]。さらに肥満や妊婦では、手を尽くしてもフェイスマスクで90%に届かないことがあり、その場合は「到達可能な最高のEtO2」を狙うのが現実的な落としどころです。つまり、“前酸素化の実施”は全例マスト、“EtO2 ≧0.9”はフェイスマスクでの目標"と分けて押さえておくと正確です。 ちなみにDAS 2015[3]の本文には、「健常成人の安全無呼吸時間は室内気で1〜2分、前酸素化で8分まで延長できる」という、まさに今日の話そのものの記載もあります(出典はBenumof[1])。
  • 肥満・妊婦では要注意
    FRCが小さく酸素消費量も多いため、しっかり前酸素化しても安全無呼吸時間が短くなりがち[1]。そういう患者さんほど「マスク3分」の重みが増します。緊急帝王切開の現場などはまさにここが勝負どころです。

実践での「さぬちゃんポイント」

  • “時間”より“EtO2”で判断する時代。「3分」はあくまで目安。EtO2モニター(通常のEtCO2モニターではEtO2も表示できる)が使えるなら、3分という時間ではなく EtO2が0.9(90%)に到達したこと をエンドポイントにするのが、いまのDAS推奨[2]です。逆に時間に余裕があれば5分かけてもOK。ただし“全例で90%”という意味ではなく、肥満・妊婦などで届かない患者では、到達可能な最高値を目指せばOKです。
  • マスクの密着が命。リークがあると室内気が混ざり、EtO2が上がりません。両手でしっかりホールド、もしくはストラップの併用を。新鮮ガス流量も十分に(少なくとも分時換気量を下回らないように)流しておくと、より短時間で高いEtO2に到達できます[4]。
  • 時間がないときは深呼吸法最大吸気・呼気(vital capacity breath)を60秒間に8回行うと、3分間の通常換気とほぼ同等の前酸素化効果が得られると報告されています[5]。導入を急ぐ場面で覚えておくと便利
  • 肥満患者はポジショニングで稼ぐ。仰臥位より 25°の頭高位(ベッドアップ) で前酸素化したほうが効果が高い、というRCTがあります[6]。FRCが稼げない患者ほど、頭を起こすひと手間がものを言います。
  • アプネイックオキシゲネーションとの合わせ技。無呼吸中に鼻カニュラで酸素を流しておく「無呼吸時酸素化(apneic oxygenation)」を併用すると、安全時間がさらに延びます。15 L/分の経鼻酸素でも延長効果が示されており[7]、高流量鼻カニュラ(HFNO)を使う THRIVE[8]では、困難気道の患者でも無呼吸時間を大きく延ばせることが報告されています。余裕があれば併用を。

まとめ:貯金してから飛び込め!

誰でも忙しさや思い込みで「まあ大丈夫でしょ」とやってしまいそうになるのが、この3分間の酸素投与を省略してしまうこと。実際、低酸素になってからでは手遅れで、上級医の雷が落ちるだけで済めばいいほう。患者さんの安全を守るためにも、麻酔薬投与の前には必ずプレオキシゲネーションを習慣にしたい(導入前タイムアウトで確認しても吉)。

3分間、ただマスクを当てている時間」が、あなたと患者さんの保険です。 そしてEtO2モニターがあるなら、ぜひ“数字(≧90%)”で確認するクセを。いつも安全な麻酔を。セコムしてますか?という長嶋茂雄さんのコマーシャルを思い出すさぬちゃんでした。

では、また

参考文献

  1. Benumof JL, Dagg R, Benumof R. Critical hemoglobin desaturation will occur before return to an unparalyzed state following 1 mg/kg intravenous succinylcholine.
    Anesthesiology. 1997;87(4):979-982.
    DOI: 10.1097/00000542-199710000-00034
  2. Ahmad I, et al. Difficult Airway Society 2025 guidelines for management of unanticipated difficult tracheal intubation in adults.
    Br J Anaesth. 2026;136(1):283-307. (オンライン先行公開 2025年11月6日)
    DOI: 10.1016/j.bja.2025.10.006
  3. Frerk C, et al. Difficult Airway Society 2015 guidelines for management of unanticipated difficult intubation in adults.
    Br J Anaesth. 2015;115(6):827-848.
    DOI: 10.1093/bja/aev371
  4. Nimmagadda U, et al. Preoxygenation with tidal volume and deep breathing techniques: the impact of duration of breathing and fresh gas flow.
    Anesth Analg. 2001;92(5):1337-1341.
    DOI: 10.1097/00000539-200105000-00049
  5. Baraka AS, et al.  Preoxygenation: comparison of maximal breathing and tidal volume breathing techniques.
    Anesthesiology. 1999;91(3):612-616.
    DOI: 10.1097/00000539-200105000-00049
  6. Dixon BJ, et al. Preoxygenation is more effective in the 25 degrees head-up position than in the supine position in severely obese patients: a randomized controlled study.
    Anesthesiology. 2005;102(6):1110-1115.
    DOI: 10.1097/00000542-200506000-00009
  7. Weingart SD, Levitan RM. Preoxygenation and prevention of desaturation during emergency airway management.
    Ann Emerg Med. 2012;59(3):165-175.e1
    DOI: 10.1016/j.annemergmed.2011.10.002
  8. Patel A, Nouraei SAR. Transnasal Humidified Rapid-Insufflation Ventilatory Exchange (THRIVE): a physiological method of increasing apnoea time in patients with difficult airways.
    Anaesthesia. 2015;70(3):323-329.
    DOI: 10.1111/anae.12923

諏訪邦夫先生の思い出

諏訪邦夫先生。麻酔科の若い先生方には、もうなじみの薄い先生かもしれない。けれど、いまわたしがこうしてブログを書き、本を書き、論文を書いていられるのは、まちがいなくこの先生のおかげなのである。

昭和天皇の麻酔をされた先生

ご存じない方には、こう言ったほうが通りがいいだろう。

1937年、東京のお生まれ。東大医学部からマサチューセッツ総合病院、ハーバード、カリフォルニア大学、東大助教授を経て、帝京大学・帝京短期大学の教授をつとめられた。そして1987年、昭和天皇の腹部手術。当時の東大麻酔科・沼田克雄教授とともに、硬膜外麻酔併用の全身麻酔を担当された。日本でまだ硬膜外併用が一般的でなかった時代に、これがその後の普及の大きなきっかけになったと、麻酔の歴史にしっかり名前が刻まれている。

余談だが、実際にあの硬膜外穿刺をしたのは沼田先生だった、と諏訪先生はご自身のブルーバックス『麻酔の科学』に正直にお書きになっている。手柄を独り占めしない。こういうところが、いかにも諏訪先生らしいのだ。

わたしにとっては「コンピュータと文章の師匠」

わたしにとっての諏訪先生は、天皇陛下の麻酔の先生、ではない。コンピュータと文章の師匠だ。先生のご著書『パソコンをどう使うか』(中公新書)はベストセラーになり、医師やナースのためのパソコン入門、文献検索と整理、発表の技法、論文の書き方……と、実用書を次々に書かれた。1997年には、テキストデータ中心の「電子版麻酔科教科書」(文字化けするので文字コードをShift_JISに要変更)をインターネットに公開されている。ネットがまだ珍しかった、あの頃に、である。いま思えば、わたしがいまだに飽きずに続けている「IT」「文献管理」「文章術」というテーマは、ぜんぶ諏訪先生の本に種をまいてもらったものばかりなのである。

「Monitor World」へのお誘い

その先生に、若いころ、声をかけていただいた。Monitor World(モニターワールド)という抄録集だ。これには、日本麻酔・集中治療テクノロジー学会(JSTA)と日本麻酔科学会の後援がついている、海外のモニタリング関連文献を抄訳・抄録した文献集。1993年に始まり、CD-ROMで配られ、やがてWEBになった。パソコン通信のにおいがまだ残る時代である。あの抄録集に「やってみないか」とお誘いいただいたときの、うれしさといったらなかった。

そのおかげで、英語文献を読んで、まとめる力がついた。

 

日本麻酔科学会ソフトウェアコンテスト

学会、とくに麻酔・集中治療テクノロジー学会(JSTA)の会場でも、ほんとうにかわいがっていただいた。また、JSTAの会員が多数参加した日本麻酔科学会ソフトウェアコンテスト

は、忘れられない。いまの若い先生には想像しにくいかもしれないが、当時は麻酔科医が自分でプログラムを書き、自作のソフトを持ち寄って腕を競う、そんな場があった。フロッピーディスクやMOにソフトを詰めて会場へ持ち込んだ時代だ。麻酔記録、薬物動態のシミュレーション、ちょっとした計算ツール……みんな「これがあったら現場が楽になる」を、思い思いに形にしてきた。

わたしも1992年ごろから、毎年のように出品した。ありがたいことに、最優秀賞をいただいたこともあるし、優秀賞は何度も頂戴した。いま薬物動態シミュレータやモニタリングのツールづくりを性懲りもなく続けていられるのも、もとをたどれば、このコンテストに行き着く。

そして、その会場でいつも温かいまなざしを向けてくださったのが、諏訪先生だった。いま振り返ると、あれは先生がつくってくださった「若い者が腕を試す場」だったのだと思う。どんなにつたないソフトでも、頭ごなしに否定することなく、にこにこと興味深そうに見て、声をかけてくださる。その一言が、どれだけ次の年への励みになったことか。

やさしく書く、ということ

文章もそうだ。わたしがブログや本で、なるべくやさしく、くどくど飾らずに書こうとするのは、諏訪先生の文章がいつもそうだったからだ。

むずかしいことを、むずかしいまま書かない。読む人のことを、いつも考える。

先生の本を読み返すたびに、いまでもそっと叱られているような気がする。

テクノロジー学会でいきいきと活躍されていた、あの頃が、ほんとうに懐かしい。

 

硬膜外フェンタニルとPONV──「階層化」で考える予防と治療

硬膜外フェンタニルシリーズ第3弾は、 PONV(術後の悪心おう吐)対策です。

「硬膜外入れてるのに吐く」 「フェンタニル使ってないのに気持ち悪がる」 「とりあえずオンダンセトロン入れとけば?」

このあたり、なんとなくの経験則で動いている人は多いはず。 しかし、PONV は世界的にきちんと階層化と多剤併用のガイドラインが整備されている領域。対応は、なんとなくエビデンスから遠いところに行ってしまいます。

今日は、Apfel スコアと 第4版 PONVコンセンサス・ガイドライン(Anesth Analg 2020)を骨格に、硬膜外フェンタニル特有の論点を交えて整理します。

なぜ硬膜外フェンタニルで PONV が起きるか

まず原理から。 [シリーズ第1回] で書いたように、硬膜外フェンタニル(特に持続投与)は、脂溶性が高いため硬膜外腔から血管へ素早く吸収され、最終的に 静注と同等の血漿濃度 に達します。

PONV は中枢性・・・・延髄の chemoreceptor trigger zone (CTZ) にある μ-オピオイド 受容体を介して引き起こされる現象なので、

硬膜外フェンタニル(持続)の PONV リスクは、薬物動態的に静注オピオイドのそれと同等

と考えるひつようがあります。「硬膜外だから PONV 減らせるはず」という思い込みは、フェンタニルに関しては成立しません!

(対照的に、硬膜外モルヒネは髄液移行してから脳室周囲の オピオイド 受容体に上行するため、また別経路で PONV を起こす。これは別の話。)

まずは患者を「階層化」する──Apfel スコア

PONV 対策の世界標準は、20年以上前に Apfel CC らが出した4因子の簡易リスクスコア[1]。 PubMed によれば、Anesthesiology 1999 のこの論文で、次の4つの独立リスク因子が示されました。

Apfel スコア(各1点)
女性
PONV または動揺病の既往
非喫煙者
術後オピオイド使用予定

スコアと PONV 発生率の関係:

スコア PONV 発生率
0 約 10%
1 約 21%
2 約 39%
3 約 61%
4 約 79%

シンプルですが、臨床現場ではこれで十分に層別化できます。 「スコア2以上で予防的制吐薬を考慮」が伝統的な閾値です。

硬膜外フェンタニルは「術後オピオイド使用」にカウントするか?

これは現場でしばしば論争になるところ。 カウントすべき が私の立場です。理由は前述のとおりで、硬膜外フェンタニル持続は薬物動態的に静注と等価。元のスコア構築論文の「術後オピオイド」は実臨床における「あらゆる経路の周術期オピオイド曝露」を反映していると解釈するのが妥当です。

ということは──硬膜外フェンタニルを使う患者は、最初から Apfel 1点以上が確定。女性・非喫煙者・動揺病歴のいずれかが加われば、容易に 2〜3点に達します。

「硬膜外フェンタニル+成人女性+非喫煙」だけで Apfel 3点 = PONV 61% という現実を直視するところから始まります。

第4版 PONVコンセンサス・ガイドライン(2020)の枠組み

Gan らの 第4版 PONVコンセンサス・ガイドライン[2]は、PONV 管理を (1) リスク階層化 →(2) ベースラインリスク低減 →(3) 階層別予防 →(4) レスキュー治療 の4段階で整理しています。これはいまも世界標準。

Step 1. ベースラインリスクの低減(全例)

階層化の前にやれることをやる。ガイドラインが勧めるのは、

  • TIVA を選択肢に(吸入麻酔薬は PONV のリスク因子)
  • N₂O を避ける
  • 周術期オピオイドの最少化(NSAIDs・アセトアミノフェン・神経ブロック・局麻浸潤を最大活用)
  • 十分な補液(脱水を作らない)
  • 不要なネオスチグミンを避ける(スガマデクスへ)

これは「予防薬を足す前にやるべきこと」リストとして全例に適用すべき層です。 硬膜外フェンタニル使用例なら、オピオイド節減になっているか?を必ず点検するのが肝心。局所麻酔薬主体にして、フェンタニルは最小限に!という考え方は、PONV 対策の基本にもなっています。

Step 2. 階層別の予防薬選択

PONV リスク因子の数に応じて、予防薬の本数を増やします。 第4版 PONVコンセンサス・ガイドライン は「risk factor 1個につき制吐薬1剤を追加」という考え方を採用しています。

Apfel 推奨アプローチ
0〜1 点 通常は予防不要(ただしベースライン対策は実施)
2 点 2剤併用(例:デキサメタゾン+オンダンセトロン)
3 点 3剤併用(+ドロペリドール等)
4 点 4剤併用 + TIVA / opioid-sparing 強化

主な制吐薬の使い分け

第一選択クラス:

  • デキサメタゾン 4〜8 mg IV(導入時に。糖尿病でも 4 mg なら血糖影響は限定的)
  • オンダンセトロン 4 mg IV(術終了 30 分前。世界で最も使われる第一線)

第二選択クラス:

  • ドロペリドール 0.625〜1.25 mg IV(QT 注意、術終了時に)
  • メトクロプラミド 10 mg IV(エビデンスは強くないが汎用)
  • ハロペリドール 0.5〜1 mg IV

第三選択クラス:

  • アプレピタント 40 mg PO(NK1 受容体拮抗、24時間以上カバー、coverage が長いのが特徴)
  • パロノセトロン 0.075 mg IV(第二世代 5-HT3、半減期長く delayed PONV に強い)

非薬物:

  • P6 acupoint 刺激(リストバンドで簡便、エビデンスあり)

Step 3. レスキュー治療(予防失敗時)

ここが意外と知られていない原則。

6時間以内に投与した予防薬と同じクラスの薬は、レスキューに使ってはいけない。

例えば、術中にオンダンセトロンを予防で入れた患者が PACU で嘔吐したからといって、もう一度オンダンセトロンを入れるのは無効。違うクラス(デキサメタゾン、ドロペリドール、メトクロプラミド等)を使います。

これはガイドラインで明記されている重要なポイントで、研修医・PACU 看護師にも徹底したいところ。

硬膜外フェンタニル運用での実践レシピ

ここまでをまとめて、硬膜外フェンタニルを使う患者向けの実践プロトコルにします。

「硬膜外フェンタニル使用例」のデフォルト予防

Apfel 1点(=オピオイド)を最初から計上したうえで、女性・非喫煙・動揺病歴を加算

多くが Apfel 2〜3点に該当するので、2〜3剤併用がデフォルト

具体的な処方例:

Apfel 2点(例:男性・喫煙者・動揺病歴あり)

  • 導入時:デキサメタゾン 4 mg IV
  • 術終了時:オンダンセトロン 4 mg IV

Apfel 3点(例:女性・非喫煙者・硬膜外フェンタニル)

  • 導入時:デキサメタゾン 8 mg IV
  • 術終了時:オンダンセトロン 4 mg IV + ドロペリドール 0.625 mg IV
  • (婦人科・甲状腺など high risk 手術なら アプレピタント 40 mg PO 術前 を追加検討)

Apfel 4点 + 高リスク手術

  • 上記に加え、TIVA + opioid-sparing 強化
  • 場合により NK1 (アプレピタント) + 第二世代 5-HT3 (パロノセトロン) へ切り替え

硬膜外設計側でできる PONV 対策

これがこのシリーズの肝。鎮痛設計そのものを PONV を起こしにくい方向に振るのが最も効率的。

  • 局所麻酔薬主体・フェンタニルは少量:0.1〜0.125% ロピバカイン + フェンタニル 2 μg/mL あたり
  • 持続量を抑え、ボーラスで補う:Bernards 理論的にも、持続は低濃度・ボーラスで脊髄に効かせる方が opioid 総量を減らせる
  • 無闇に「効きが悪いから」と持続を倍にしない:カテーテル位置と局麻濃度をまず疑う(シリーズ第2回参照)

レスキューフロー(病棟・PACU 用)

研修医や看護師にそのまま渡せるレベルに整理しておきます。

 
 
PONV 発生
  ↓
予防薬を確認(6時間以内に何を使ったか)
  ↓
別クラスの制吐薬を選択
  ↓ 第一選択(予防に未使用)
    ・オンダンセトロン 4 mg IV
    ・デキサメタゾン 4 mg IV(初回未投与の場合)
    ・ドロペリドール 0.625 mg IV
    ・メトクロプラミド 10 mg IV
  ↓
改善しない場合
  ・硬膜外フェンタニル流量を半減 or 中止し局麻のみに
  ・原因検索(腸閉塞、低血圧、低血糖、脱水)

ポイントは、「制吐薬を足す」より先に「硬膜外フェンタニルを減らす」という選択肢を持っておくこと。 鎮痛が壊れずに opioid を引けるなら、それが一番。局所麻酔薬の濃度・流量を保てば、フェンタニルだけ減量しても鎮痛は維持できることが多いです。

まとめ:3つの行動原則

最後に、研修医にそのまま渡す3つの原則。

  1. 硬膜外フェンタニルを使う時点で Apfel 1点。最初から多剤予防を前提に考える。
  2. 2点以上は 2 剤併用、3点以上は 3 剤併用が世界標準(Gan 2020)。
  3. レスキューは「予防に使った薬と違うクラス」。同じクラスを6時間以内に重ねない。

PONV は、麻酔の質を評価するうえで患者満足度に直結します。 さらに ERAS / 早期離床の観点でも、PONV があると経口摂取・離床がすべて遅れます。鎮痛戦略を立てるときに、PONV 対策を後手で考えるのではなく、麻酔計画と一体で考えるのがプロの仕事だと思います。

硬膜外入れたのに吐くではなく、硬膜外を入れるからこそ吐かせない対策をする!

 

では、また。

文献

  1. Apfel CC, et al. A simplified risk score for predicting postoperative nausea and vomiting: conclusions from cross-validations between two centers.
    Anesthesiology 1999;91(3):693-700.
    doi:10.1097/00000542-199909000-00022
  2. Gan TJ,  et al. Fourth Consensus Guidelines for the Management of Postoperative Nausea and Vomiting.
    Anesth Analg 2020;131(2):411-448.
    doi:10.1213/ANE.0000000000004833