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さぬちゃんの麻酔科医生活


ロボット麻酔に何を期待するのか

ロボット麻酔という言葉が一人歩きしている。

ロボットが麻酔をする?ロボット手術の麻酔?いずれでもない。

ロボット麻酔とは、Robotic Anesthesiaを日本語表記したものである。

 

Robotic Anesthesia – A Vision for the Future of Anesthesia - PMC (nih.gov)

 

journals.lww.com

麻酔をするロボットといわれて簡単に思いつくのは、麻酔薬を自動投与してくれるもの、気管挿管をするロボットであるが、前者はPhermacological Robots、後者はManual Robotsと呼ばれる。今回、日本光電社がライセンス販売を開始したのは、前者に相当するもので、closed-loopシステムにもとづくPhermacological Robotsのソフトウェアである。ここで、???となるのだが、なぜソフトウェアなのか。機械はなくても動くのかということである。答えはNOである。

必要なハードウェアは、ソフトウェアをインストールして動かすためのPC(Windows)、シリンジポンプ(テルモ社製スマートポンプ限定)3台、日本光電社製生体情報モニター(BISモニター、筋弛緩モニター含む機種限定)とそれぞれを接続するケーブルが必要である(これらは別途に用意する必要がある)。使用する薬剤は、プロポフォール、レミフェンタニル、ロクロニウムが必要で、それぞれシリンジポンプに載せて持続投与する。現在のところ、この3つの薬剤の組み合わせ以外は使用できない。

薬剤のコントロールは、筋弛緩薬ロクロニウムの効果を筋弛緩モニター(日本光電社製)でモニタリングしてclosed-loop制御で投与量を調節する。プロポフォールやレミフェンタニルはBISが45となるように決められたアルゴリズム(closed-loop制御)で調節をおこなうものである。つまり、麻酔中の鎮静度、筋弛緩状態のデータをフィードバックすることで筋弛緩薬、鎮静薬、鎮痛薬の投与量を自動調節する。

しかし、血圧や脈拍、呼吸数や換気量、SpO2、EtCO2、気道内圧、体温などは、生体情報モニターに表示はしているが何の保障もない。また、出血、尿量、術野の状況なども考慮されていない。したがって、患者状態をコントロールするためには、このシステムに慣れた麻酔科医がその場にいて介入する必要がある。自動車で言えば、高速道路を安定走行しているときのオートクルーズボタンと思えば良い。車を運転できる能力が必要である。もっと言えば、オートクルーズがはずれたときに、自分で運転できない人は使えない。

www.nihonkohden.co.jp

www.nikkei.com

 

自動運転にもレベル0からレベル5までの段階がある。レベル1とレベル2は人が主体で、運転支援といわれるもの、レベル3からレベル5が車が主体で、程度の差はあれ自動運転と呼べるものである。

jidounten-lab.com

https://www.mlit.go.jp/common/001226541.pdf

今回のシステムは、自動運転のレベル1か2だと考えられるため、運転支援のレベルと言える。

 

さて、次に気になるのは、誰がこのシステムを操作できるのかということである。

日本麻酔科学会の全身麻酔用医薬品投与制御プログラムに関する適正使用指針<2023年3月制定>

に、その答えがある。

 

「使用可能な医師の条件」として

(1)日本麻酔科学会あるいは日本専門医機構の麻酔科専門医、日本麻酔科学会の麻酔科指導医で、過去にTIVA管理症例が300例以上あることが証明できる医師

かつ

(2)この製品プログラムのレーニングコースを修了している医師

である。

 

「使用可能な施設」にも以下の3つの条件がそろっている必要がある

(1)日本麻酔科学会の麻酔科認定病院として認定されていること。

(2)日本麻酔科学会の年次報告で過去 3 年間の麻酔科全身麻酔管理症例の 50%以上あるいは年間 600 例以上の全静脈麻酔(TIVA)管理症例があること。

(3)日常的に使用する全手術室に脳波モニターおよび筋弛緩モニター(神経刺激装置は不可)が常備されていること。

 

また、「使用できる患者」にも

ASA-PS 分類 2 以下の成人患者(低体温療法での手術、心臓血管外科の手術、妊娠中の患者を除く)という制限がある。

 

さらに、本システムを使用している間は、「使用可能な医師の条件」を満たす麻酔科医師が当該手術室内に常駐すること。いかなる理由があっても、医師以外のメディカルスタ ッフに麻酔管理を担当させないこと(全身麻酔の導入から麻酔を行う本システムによ る麻酔は絶対的医行為と見なされるため)。

 

いかがだろうか。

経験のある麻酔科医がプロの道具として使うとき、その真価が発揮されると考える。

 

せっかくの夢のあるシステムも正しい条件下で使用しなければ、その先はない。

 

これまでに、Sadasys(R)なども米国では発売されたが、鎮静を仕事にする麻酔看護師が使わない作戦を展開して売れずに製造が中止された経緯がある。

日本では、どの様な反応が起きるのだろうか。

まさか、これで麻酔科医が不要と考える人はいないと思うが、このシステムを導入して十分に使いこなせない人に麻酔を担当させ麻酔事故をおこすことは断じて許さない。

 

www.huffingtonpost.jp

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

このシステムがSedasysの様にならないように、うまく発展させて麻酔科医の味方につけたいと思っている。