こんにちは、さぬちゃんです。
論文の下書き、何で書いていますか。おそらくほとんどの先生が「最初からWord+EndNote」ではないだろうか。管理人もずっとそうだった。ただ、Wordで書いていると、書いている時間より「直されている」時間の方が長く感じることがある。勝手にインデントが下がる。箇条書きが暴走する。図を1枚動かしただけでレイアウトが崩壊する。本文を練りたいだけなのに、体裁との格闘に体力を持っていかれる。
そこで今回は、Zettlr(ゼットラー) というMarkdownエディタを紹介したい。「研究者のために作られたMarkdownエディタ」という立ち位置がはっきりしていて、無料・オープンソース。Mac/Windows/Linuxで動く。作者自身が社会科学系の研究者で、「論文を書く人間が何に困るか」をわかって作っているのが端々から伝わってくる。
Markdownなのに「素のテキスト」に見えない
Markdownと聞くと、# 見出し とか **太字** とかの記号だらけの画面を想像して敬遠する先生もいると思う。Zettlrの画面はそうならない。
見出しを書けば見出しの大きさで表示され、太字は太字に、画像はその場でプレビューされ、数式もきれいに組まれて表示される。一見するとWordのようなWYSIWYGに見える。
ただし厳密にはWYSIWYGではなく、WYSIWYM(What You See Is What You Mean) と呼ばれる方式だ。カーソルをその行に置くと ## 考察 のような元の記法がすっと現れ、カーソルを離すと整形された見た目に戻る。つまり「普段は清書、触ると原稿」という二重構造になっている。
これが実に良い感じで、
- 見た目はWord並みに読みやすい
- でも実体はただのテキストなので、Wordのような「おせっかい」が一切ない
- 崩れるレイアウトがそもそも存在しない
いいとこ取りである。表についてはMarkdown最大の弱点(手書きすると地獄)を、マウスでセルを編集できる表エディタでカバーしているのも秀逸だ。
引用文献が「打ちながら」入る
さて、医学論文で本命になるのは引用文献の扱いだ。Zettlrには文献引用機能が最初から組み込まれている。
仕組みはこうだ。文献データベースのファイル(.bibやCSL JSON)をZettlrに登録しておくと、本文中で @ を打った瞬間に文献の候補がずらっと出る。著者名の一部を打てば絞り込まれ、Enterで [@RN123] のような引用キーが入る。画面上では (Smith et al., 2020) のように整形された状態でプレビューされるので、記号の羅列にはならない。
そして書き上がったら、内蔵のPandocでWordファイルやPDFに書き出す。このとき投稿先ジャーナルの引用スタイル(CSLファイル。Zotero Style Repositoryに数千種類ある)を指定すれば、本文中の引用も文末の文献リストも、そのスタイルで自動整形されて出てくる。Vancouver形式の番号振り直しに怯える日々とはお別れである。
EndNoteユーザーはどうするか
「文献はEndNoteに20年分入っている」という先生、多いと思う。EndNoteからZettlrへの橋は一応架かっている。
- EndNoteで出力スタイルから BibTeX Export を選ぶ
- File → Export でライブラリを書き出し、拡張子を
.bibにする - Zettlrの環境設定で、その
.bibを文献データベースとして指定する
これだけで、EndNoteの蔵書がZettlrの @ 補完に出てくるようになる。
ただし、注意点が3つある。
- 引用キーが素っ気ない
EndNoteのBibTeX出力はキーがRN123(レコード番号)になる。Smith2020のような人間に優しいキーにはならないが、補完で選ぶ分には実害は少ない - 同期は一方通行
EndNoteに文献を追加したら、.bibを書き出し直す必要がある。ここが自動化されないのがEndNote連携の泣きどころで、実はZotero+Better BibTeXの組み合わせだと自動同期になる。Zettlrを本気で使うならZotero併用も検討の価値あり - Wordに書き出した引用は「文字」になる
EndNoteのフィールド(灰色のやつ)ではないので、Word上でEndNoteによる差し替えはできない。修正はZettlr側でやって出力し直す、が基本動作になる
3つ目が困る場面、つまり「最終版は共著者がWord+EndNoteで直す」という現実的な事情には、裏ワザめいた迂回路もある。本文中にEndNoteの一時引用形式 {Smith, 2020 #123} をそのまま書いておき、Wordに書き出してからEndNoteの Update Citations and Bibliography をかけると、EndNoteが引用として拾ってくれる。これは、お使いのEndNoteのバージョンで一度小さな原稿で試してから本番投入してほしい。
論文以外にも効く
Zettlrはもともとツェッテルカステン(カード式のメモ術)支援ツールでもあるので、[[リンク]] でノート同士を繋いだり、タグで横串を通したり、フォルダ横断の全文検索をしたりが速い。抄読会メモ、講義原稿、学会スライドの下書きあたりまで一式この中で完結できる。ダークモード、タイプライターモード(いま書いている行が常に画面中央に来る)、集中モードもある。
弱点も書いておく
- Electron製なので、軽快とは言い難い場面がある
- 日本語UIはあるが、ドキュメント類は英語が中心
- 共同執筆の「変更履歴つきWordファイルの往復」文化とは根本的に相性が悪い。これはZettlrの罪ではなくMarkdown全般の宿命
なので筆者のおすすめは「初稿から投稿直前までをZettlr、最後の共著者ラウンドからWord」という分業だ。一番消耗する執筆フェーズだけでも、レイアウトと戦わない環境に逃がす価値は十分ある。
まとめ
- Zettlrは無料・オープンソースの研究者向けMarkdownエディタ
- WYSIWYMなので、Markdownの気楽さとWord並みの見やすさが両立する
- 文献は
@補完で挿入、CSLスタイルで引用も文献リストも自動整形 - EndNoteとはBibTeX書き出しで連携できるが、同期は手動。本気運用ならZotero+Better BibTeXが上
- 最後の仕上げはWordに譲るのが現実解
Wordと喧嘩せずに文章だけ書ける時間は、思った以上に快適です。
まずは症例報告あたりで、お試しあれ。