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さぬちゃんの麻酔科医生活

麻酔導入の円座は、標準ではありませんでした

 

ガイドラインの原文とPubMedを検索して確かめた話

麻酔導入のとき、患者さんの後頭部に円座(ドーナツ型クッション)を当てている施設は多いと思います。私の周りでもそれが当たり前で、誰も疑問に思っていませんでした。

ふと「これは標準化されているのだろうか」と気になって調べたところ、思っていたのとかなり違う結果になりました。円座は標準ではなく、むしろ後頭部の支持具としては使わないほうがよい、という根拠のほうが揃っています。

以下、調べた順に書きます。


ガイドラインには、そもそも枕の規定がない

まず気道管理ガイドラインを当たりました。結論から言うと、どれも体位は詳しく論じているのに、枕の形状・材質・高さは一切規定していません。

  • ASA 2022 困難気道ガイドライン(Anesthesiology 2022;136:31–81)

  • DAS 2015(Br J Anaesth 2015;115:827–848)

  • DAS 2025(Br J Anaesth 2026;136:283–307)

  • JSA 気道管理ガイドライン 2014(J Anesth 2014;28:482–493)

ASA 2022はPDFの全文を検索してみたのですが、pillow という単語が本文に1回も出てきません。sniffing position や ramped position の優劣は評価しているのに、それをどんな枕で作るかは書いていないわけです。円座に至っては、どのガイドラインにも登場しません。

念のためPubMedで「円座と気管挿管・マスク換気」を直接扱った研究を探しました。

→1本もありませんでした。

つまり円座を使う理由は、ガイドラインでもエビデンスでもなく、施設の慣習と物品の都合ということになります。ここまでは「標準ではないが、害があるとも言えない」という話です。問題はこの先でした。


円座は、頭の重さを狭いリングに集めてしまう

座位クッションの話ではなく、仰臥位手術の後頭部について直接の研究があります。

Katzengold と Gefen は、成人の頭部を3次元の解剖モデルで再現し、ドーナツ型ジェルヘッドサポート・流動化ポジショナー・平坦な医療用フォームの3つに載せて、頭皮の組織応力を有限要素法で計算しました(Int Wound J 2019;16:1398–1407)。

結果は、ドーナツ型が3つの中で最も組織応力が高く、とくに危険域の高応力への曝露が大きいというものでした。

理屈を考えると当たり前で、円座は後頭部の中央を浮かせますが、その分だけ頭の全重量が穴を囲む狭いリング状の頭皮を通ることになります。荷重を逃がしているつもりが、実際には狭い場所に集めている。論文は「荷重を分散させる設計意図に反して、実際には分散できていない」とはっきり書いています。

これを受けて、同じGefenらによる手術室ポジショニングのスコーピングレビュー(Int Wound J 2020;17:1405–1423)は、ドーナツ型の頭部ポジショナーは手術中の頭部支持に使用すべきでないと明記しました。

傍証もあります。

  • マネキンで5種類のヘッドレストの接触圧を4時間測定した研究では、低い順にメモリーフォーム → 天然ラテックス → ジェル円座 → フォーム円座 → 折り畳んだシーツでした。ジェル円座は4時間後の最大圧が15分後より有意に上がっています(J Tissue Viability 2020;29:100–103)

  • 長時間の頭頸部手術のあと、使ったヘッドレストの形どおりに馬蹄型の脱毛が生じた症例報告があります(J Laryngol Otol 2002;116:230–232)。縁で支える構造が、その縁の形で組織を傷めたわけです

ただし、言い過ぎないように

「褥瘡ガイドラインが円座を禁止している」という言い方をよく聞きますが、これは正確ではありません。

NPIAP/EPUAP/PPPIA の国際ガイドライン2019に Do not use ring or donut-shaped positioning devices(リング状・ドーナツ状のポジショニング器具を使用しない)という記載は確かにあります。ただしこれは座位の章にあり、推奨レベルは Expert opinion です。手術中の頭部について書かれたものではありません。

頭部について円座を否定する直接の根拠は、あくまで上に挙げた生体力学研究のほうです。


では、どんな枕がいいのか

高さを患者ごとに変えられて、後頭部を面で支える枕です。材質としては粘弾性フォーム(低反発)、あるいは流動化ポジショナー。先ほどの有限要素解析でも、流動化ポジショナーが最良、次いで平坦なフォーム、円座が最下位でした。

高さについては、正直に言うと研究間で結論が割れています。

研究 比較した高さ 結論

Park 2010

(J Anesth 24:526)

3 / 6 / 9 cm 9 cmが最良。短頸では低めが有利

El-Orbany 2015

(J Clin Anesth 27:153)

0 / 6 / 10 cm 困難喉頭展開が 8.4% → 2.4% → 1.2%

Hong 2016

(Korean J Anesthesiol 69:138)

4 vs 8 cm 差なし。8 cmは術者の不快感が増えた

Vijayakumar 2022

(Anesth Essays Res 16:412)

0 / 4 / 7 cm 4 cmが最良

4cmが良いという研究と9cmが良いという研究が並んでいる以上、固定高の万能枕は存在しません。

実務的な落とし所は、センチ数ではなく外耳孔と胸骨切痕を水平に揃えるという個別化です。これに必要な挙上量を実際に測った研究が2つあり、平均で 4.92±1.46 cm(J Anaesthesiol Clin Pharmacol 2019;35:312)と 6.26±0.97 cm(Indian J Anaesth 2018)でした。どちらも固定枕より喉頭展開と挿管条件が良く、後者ではとくに Mallampati 3以上の患者で差が出ています。

つまり枕に求めるべき性能は「正しい高さであること」ではなく、高さを変えられることです。インフレータブルでも、薄いパッドを重ねる方式でも構いません。


ramped position を万能と思わない

肥満患者では頭だけでなく肩・上背部からrampする、というのはDAS 2015が明記しています。ただしこれを全患者・全状況に広げるのは危険です。

手術室の予測困難気道204例では ramped が有利でした(Korean J Anesthesiol 2015;68:116)。ところがICU重症患者260例の多施設RCTでは、rampedは最低SpO2を改善せず、それどころか Cormack-Lehane grade III/IV が 25.4% 対 11.5% と増え、初回成功率が 76.2% 対 85.4% と下がりました(Chest 2017;152:712)。ビデオ喉頭鏡下では両体位に差がないというメタ解析も出ています。

ちなみに調べていて面白かったのですが、ASA 2022はこの手術室RCTを「equivocal findings (P > 0.01)」と評価しています。しかし原著自体は P < 0.05 で有意差ありと報告しているのです。ASAが有意水準を0.01に設定したための評価差でした。ガイドラインの要約だけを読むと結論が変わってしまう箇所で、やはり原著に当たる意味はあると思いました。


明日から変えられること

  1. 後頭部は面で支える。 粘弾性フォームか流動化ポジショナー。円座は気道確保上の利点がなく組織応力を上げるので、標準物品として選ぶ理由がありません

  2. 高さを変えられる枕を用意する。 「うちの枕は何センチ」という発想自体を捨てる

  3. 外耳孔と胸骨切痕の水平化を目安にする。 実測では平均4.9〜6.3 cmでしたが、体格差が大きいので毎回横から見て確認します

  4. 肥満では頭だけでなく肩・上背部からramp。 前酸素化も head-up で。ただし重症患者では ramped が不利に働きうることは頭に置いておきます

  5. 長時間手術では導入後の頭部支持を見直す。 導入の数分と、その後の数時間は別問題です

最後の点が実は一番大事かもしれません。導入時の数分だけ円座を使うことで臨床的な圧迫障害が増えるかは、正直なところ不明です。それを直接調べた研究はありません。しかし、気道確保上の利点が証明されていないうえ、導入で当てた円座がそのまま手術中も残るのが現実です。だとすれば、最初から使わないほうが早い、というのが私の結論です