「気管挿管、もうできるようになった?」
初期研修医にこう聞く指導医は多い。では、「抜管、もうできるようになった?」と聞く指導医は、どれだけいるだろうか。
到達目標に「抜管」の文字はない
厚生労働省の医師臨床研修指導ガイドライン(2024年度版)を開いてみてほしい[1]。研修医が身につけるべき臨床手技として、①気道確保、②人工呼吸…と19項目が並び、⑱には気管挿管がしっかり入っている。
ところが、この文書のどこを探しても「抜管」という言葉は出てこないのだ。胃管は「挿入と管理」、尿道カテーテルは「挿入と抜去」、ドレーンも「挿入・抜去」と丁寧に書いてあるのに、気管チューブだけは、入れる話しかない。麻酔科研修の規定も「気管挿管を含む気道管理及び呼吸管理」。挿管は名指しされているのに、抜管は登場しない。
拙著『麻酔科研修チェックノート』(改訂第8版)[2]の研修到達目標も、国の到達目標を踏襲している。だから「抜管」は独立した項目にはしていない。第4章「覚醒と抜管」として、全身麻酔管理の流れの中で扱っている。つまり制度上、抜管は「経験すべき手技」ではなく、麻酔の一部として、いわば"ついでに"学ぶことになっているのである。
しかし、事故は「抜くとき」に起きている
では、抜管は挿管より安全なのか。データは逆を向いている。
Asaiらの前向き調査では、挿管時の呼吸器合併症が4.6%だったのに対し、抜管直後は12.6%、さらに回復室で9.5%[3]。抜管前後を合わせれば、挿管時の数倍である。英国のNAP4監査では、死亡や脳障害を含む重大な気道トラブルのおよそ3分の1が、覚醒・回復期に起きていた[4]。
挿管困難のガイドラインやアルゴリズムは昔からいくらでもある。ところが、抜管の体系的ガイドライン(英国Difficult Airway Society)が出たのは、ようやく2012年のことだ[5]。しかも挿管のガイドラインはその後も改訂が続き、2025年にも新版が出たばかりなのに、抜管のほうは2012年版のまま今日に至る。そのガイドラインが皮肉なことを言っている。挿管と違って抜管は緊急ではなく「選択的」な手順であり、計画する時間が十分にあるはずだ、と。
時間はある。なのに、計画の立て方を教わっていない。ここに落とし穴がある。
抜管は「手技」ではなく「判断」だから
挿管は、入れた瞬間に成否が見える。うまくいかなければ、マスク換気に戻ってやり直せばよい。
抜管は逆だ。抜くこと自体は誰でもできる。カフの空気を抜いて、引くだけ。難しいのは「いつ抜くか」「本当に今抜いていいか」であって、勝負は抜いた後にやってくる。しかも分が悪いことに、抜管後にトラブルになってからの再挿管は、たいてい最初の挿管より条件が悪い。
チェックノートの「覚醒と抜管」の節に、抜管前チェックを挙げている[2]。
- 挿管時の状況をチェック(挿管困難はなかったか、何を使って入れたか)
- 覚醒状態をチェック(嚥下運動、咽頭喉頭反射、咳嗽)
- 自発呼吸をチェック(分時換気量は十分か。一回換気量が少ない頻呼吸や不規則な呼吸は危険)
- 意識と筋力をチェック(呼びかけで開眼・開口・握手。筋弛緩はTOF比0.9以上まで回復しているか)
お気づきだろうか。この4つ、どれも「手を動かす手順」ではない。全部「評価」である。抜管とは、手技ではなく、患者の生理が戻ってきたかを読み切る判断なのだ。そして判断というものは、後ろで見学しているだけでは、いつまでたっても身につかない。
到達目標に書いていないからこそ
麻酔科ローテーションの数週間は、抜管の「まだ早い」「よし、いこう」を、指導医が隣で一緒に考えてくれる、医者人生でほぼ唯一の期間である。病棟や救急で人工呼吸器から離脱させるとき、隣に麻酔科医はいない。
到達目標に書いていないから、やらなくていいのではない。書いていないからこそ、麻酔科研修中に、挿管の数と同じだけ「抜管の判断」を数えてほしいのだ。
気管チューブを入れて終わりではない。抜いて、覚めて、呼吸が戻って、はじめて術中挿管管理は終わるのである。
参考文献
- 厚生労働省. 医師臨床研修指導ガイドライン ―2024年度版―(2024年12月一部改訂)
- 讃岐美智義. 麻酔科研修チェックノート 改訂第8版. 羊土社, 2026. 第4章「覚醒と抜管」
- Asai T, Koga K, Vaughan RS. Respiratory complications associated with tracheal intubation and extubation. Br J Anaesth 1998; 80: 767-775.
- Cook TM, Woodall N, Frerk C. Major complications of airway management in the UK: results of the Fourth National Audit Project of the Royal College of Anaesthetists and the Difficult Airway Society. Part 1: Anaesthesia. Br J Anaesth 2011; 106: 617-631.
- Popat M, Mitchell V, Dravid R, Patel A, Swampillai C, Higgs A. Difficult Airway Society Guidelines for the management of tracheal extubation. Anaesthesia 2012; 67: 318-340.