諏訪邦夫先生。麻酔科の若い先生方には、もうなじみの薄い先生かもしれない。けれど、いまわたしがこうしてブログを書き、本を書き、論文を書いていられるのは、まちがいなくこの先生のおかげなのである。
昭和天皇の麻酔をされた先生
ご存じない方には、こう言ったほうが通りがいいだろう。
1937年、東京のお生まれ。東大医学部からマサチューセッツ総合病院、ハーバード、カリフォルニア大学、東大助教授を経て、帝京大学・帝京短期大学の教授をつとめられた。そして1987年、昭和天皇の腹部手術。当時の東大麻酔科・沼田克雄教授とともに、硬膜外麻酔併用の全身麻酔を担当された。日本でまだ硬膜外併用が一般的でなかった時代に、これがその後の普及の大きなきっかけになったと、麻酔の歴史にしっかり名前が刻まれている。
余談だが、実際にあの硬膜外穿刺をしたのは沼田先生だった、と諏訪先生はご自身のブルーバックス『麻酔の科学』に正直にお書きになっている。手柄を独り占めしない。こういうところが、いかにも諏訪先生らしいのだ。
わたしにとっては「コンピュータと文章の師匠」
わたしにとっての諏訪先生は、天皇陛下の麻酔の先生、ではない。コンピュータと文章の師匠だ。先生のご著書『パソコンをどう使うか』(中公新書)はベストセラーになり、医師やナースのためのパソコン入門、文献検索と整理、発表の技法、論文の書き方……と、実用書を次々に書かれた。1997年には、テキストデータ中心の「電子版麻酔科教科書」(文字化けするので文字コードをShift_JISに要変更)をインターネットに公開されている。ネットがまだ珍しかった、あの頃に、である。いま思えば、わたしがいまだに飽きずに続けている「IT」「文献管理」「文章術」というテーマは、ぜんぶ諏訪先生の本に種をまいてもらったものばかりなのである。
「Monitor World」へのお誘い
その先生に、若いころ、声をかけていただいた。Monitor World(モニターワールド)という抄録集だ。これには、日本麻酔・集中治療テクノロジー学会(JSTA)と日本麻酔科学会の後援がついている、海外のモニタリング関連文献を抄訳・抄録した文献集。1993年に始まり、CD-ROMで配られ、やがてWEBになった。パソコン通信のにおいがまだ残る時代である。あの抄録集に「やってみないか」とお誘いいただいたときの、うれしさといったらなかった。
そのおかげで、英語文献を読んで、まとめる力がついた。
日本麻酔科学会ソフトウェアコンテスト
学会、とくに麻酔・集中治療テクノロジー学会(JSTA)の会場でも、ほんとうにかわいがっていただいた。また、JSTAの会員が多数参加した日本麻酔科学会ソフトウェアコンテスト
は、忘れられない。いまの若い先生には想像しにくいかもしれないが、当時は麻酔科医が自分でプログラムを書き、自作のソフトを持ち寄って腕を競う、そんな場があった。フロッピーディスクやMOにソフトを詰めて会場へ持ち込んだ時代だ。麻酔記録、薬物動態のシミュレーション、ちょっとした計算ツール……みんな「これがあったら現場が楽になる」を、思い思いに形にしてきた。
わたしも1992年ごろから、毎年のように出品した。ありがたいことに、最優秀賞をいただいたこともあるし、優秀賞は何度も頂戴した。いま薬物動態シミュレータやモニタリングのツールづくりを性懲りもなく続けていられるのも、もとをたどれば、このコンテストに行き着く。
そして、その会場でいつも温かいまなざしを向けてくださったのが、諏訪先生だった。いま振り返ると、あれは先生がつくってくださった「若い者が腕を試す場」だったのだと思う。どんなにつたないソフトでも、頭ごなしに否定することなく、にこにこと興味深そうに見て、声をかけてくださる。その一言が、どれだけ次の年への励みになったことか。
やさしく書く、ということ
文章もそうだ。わたしがブログや本で、なるべくやさしく、くどくど飾らずに書こうとするのは、諏訪先生の文章がいつもそうだったからだ。
むずかしいことを、むずかしいまま書かない。読む人のことを、いつも考える。
先生の本を読み返すたびに、いまでもそっと叱られているような気がする。
テクノロジー学会でいきいきと活躍されていた、あの頃が、ほんとうに懐かしい。