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さぬちゃんの麻酔科医生活

硬膜外フェンタニルとPONV──「階層化」で考える予防と治療

硬膜外フェンタニルシリーズ第3弾は、 PONV(術後の悪心おう吐)対策です。

「硬膜外入れてるのに吐く」 「フェンタニル使ってないのに気持ち悪がる」 「とりあえずオンダンセトロン入れとけば?」

このあたり、なんとなくの経験則で動いている人は多いはず。 しかし、PONV は世界的にきちんと階層化と多剤併用のガイドラインが整備されている領域。対応は、なんとなくエビデンスから遠いところに行ってしまいます。

今日は、Apfel スコアと 第4版 PONVコンセンサス・ガイドライン(Anesth Analg 2020)を骨格に、硬膜外フェンタニル特有の論点を交えて整理します。

なぜ硬膜外フェンタニルで PONV が起きるか

まず原理から。 [シリーズ第1回] で書いたように、硬膜外フェンタニル(特に持続投与)は、脂溶性が高いため硬膜外腔から血管へ素早く吸収され、最終的に 静注と同等の血漿濃度 に達します。

PONV は中枢性・・・・延髄の chemoreceptor trigger zone (CTZ) にある μ-オピオイド 受容体を介して引き起こされる現象なので、

硬膜外フェンタニル(持続)の PONV リスクは、薬物動態的に静注オピオイドのそれと同等

と考えるひつようがあります。「硬膜外だから PONV 減らせるはず」という思い込みは、フェンタニルに関しては成立しません!

(対照的に、硬膜外モルヒネは髄液移行してから脳室周囲の オピオイド 受容体に上行するため、また別経路で PONV を起こす。これは別の話。)

まずは患者を「階層化」する──Apfel スコア

PONV 対策の世界標準は、20年以上前に Apfel CC らが出した4因子の簡易リスクスコア[1]。 PubMed によれば、Anesthesiology 1999 のこの論文で、次の4つの独立リスク因子が示されました。

Apfel スコア(各1点)
女性
PONV または動揺病の既往
非喫煙者
術後オピオイド使用予定

スコアと PONV 発生率の関係:

スコア PONV 発生率
0 約 10%
1 約 21%
2 約 39%
3 約 61%
4 約 79%

シンプルですが、臨床現場ではこれで十分に層別化できます。 「スコア2以上で予防的制吐薬を考慮」が伝統的な閾値です。

硬膜外フェンタニルは「術後オピオイド使用」にカウントするか?

これは現場でしばしば論争になるところ。 カウントすべき が私の立場です。理由は前述のとおりで、硬膜外フェンタニル持続は薬物動態的に静注と等価。元のスコア構築論文の「術後オピオイド」は実臨床における「あらゆる経路の周術期オピオイド曝露」を反映していると解釈するのが妥当です。

ということは──硬膜外フェンタニルを使う患者は、最初から Apfel 1点以上が確定。女性・非喫煙者・動揺病歴のいずれかが加われば、容易に 2〜3点に達します。

「硬膜外フェンタニル+成人女性+非喫煙」だけで Apfel 3点 = PONV 61% という現実を直視するところから始まります。

第4版 PONVコンセンサス・ガイドライン(2020)の枠組み

Gan らの 第4版 PONVコンセンサス・ガイドライン[2]は、PONV 管理を (1) リスク階層化 →(2) ベースラインリスク低減 →(3) 階層別予防 →(4) レスキュー治療 の4段階で整理しています。これはいまも世界標準。

Step 1. ベースラインリスクの低減(全例)

階層化の前にやれることをやる。ガイドラインが勧めるのは、

  • TIVA を選択肢に(吸入麻酔薬は PONV のリスク因子)
  • N₂O を避ける
  • 周術期オピオイドの最少化(NSAIDs・アセトアミノフェン・神経ブロック・局麻浸潤を最大活用)
  • 十分な補液(脱水を作らない)
  • 不要なネオスチグミンを避ける(スガマデクスへ)

これは「予防薬を足す前にやるべきこと」リストとして全例に適用すべき層です。 硬膜外フェンタニル使用例なら、オピオイド節減になっているか?を必ず点検するのが肝心。局所麻酔薬主体にして、フェンタニルは最小限に!という考え方は、PONV 対策の基本にもなっています。

Step 2. 階層別の予防薬選択

PONV リスク因子の数に応じて、予防薬の本数を増やします。 第4版 PONVコンセンサス・ガイドライン は「risk factor 1個につき制吐薬1剤を追加」という考え方を採用しています。

Apfel 推奨アプローチ
0〜1 点 通常は予防不要(ただしベースライン対策は実施)
2 点 2剤併用(例:デキサメタゾン+オンダンセトロン)
3 点 3剤併用(+ドロペリドール等)
4 点 4剤併用 + TIVA / opioid-sparing 強化

主な制吐薬の使い分け

第一選択クラス:

  • デキサメタゾン 4〜8 mg IV(導入時に。糖尿病でも 4 mg なら血糖影響は限定的)
  • オンダンセトロン 4 mg IV(術終了 30 分前。世界で最も使われる第一線)

第二選択クラス:

  • ドロペリドール 0.625〜1.25 mg IV(QT 注意、術終了時に)
  • メトクロプラミド 10 mg IV(エビデンスは強くないが汎用)
  • ハロペリドール 0.5〜1 mg IV

第三選択クラス:

  • アプレピタント 40 mg PO(NK1 受容体拮抗、24時間以上カバー、coverage が長いのが特徴)
  • パロノセトロン 0.075 mg IV(第二世代 5-HT3、半減期長く delayed PONV に強い)

非薬物:

  • P6 acupoint 刺激(リストバンドで簡便、エビデンスあり)

Step 3. レスキュー治療(予防失敗時)

ここが意外と知られていない原則。

6時間以内に投与した予防薬と同じクラスの薬は、レスキューに使ってはいけない。

例えば、術中にオンダンセトロンを予防で入れた患者が PACU で嘔吐したからといって、もう一度オンダンセトロンを入れるのは無効。違うクラス(デキサメタゾン、ドロペリドール、メトクロプラミド等)を使います。

これはガイドラインで明記されている重要なポイントで、研修医・PACU 看護師にも徹底したいところ。

硬膜外フェンタニル運用での実践レシピ

ここまでをまとめて、硬膜外フェンタニルを使う患者向けの実践プロトコルにします。

「硬膜外フェンタニル使用例」のデフォルト予防

Apfel 1点(=オピオイド)を最初から計上したうえで、女性・非喫煙・動揺病歴を加算

多くが Apfel 2〜3点に該当するので、2〜3剤併用がデフォルト

具体的な処方例:

Apfel 2点(例:男性・喫煙者・動揺病歴あり)

  • 導入時:デキサメタゾン 4 mg IV
  • 術終了時:オンダンセトロン 4 mg IV

Apfel 3点(例:女性・非喫煙者・硬膜外フェンタニル)

  • 導入時:デキサメタゾン 8 mg IV
  • 術終了時:オンダンセトロン 4 mg IV + ドロペリドール 0.625 mg IV
  • (婦人科・甲状腺など high risk 手術なら アプレピタント 40 mg PO 術前 を追加検討)

Apfel 4点 + 高リスク手術

  • 上記に加え、TIVA + opioid-sparing 強化
  • 場合により NK1 (アプレピタント) + 第二世代 5-HT3 (パロノセトロン) へ切り替え

硬膜外設計側でできる PONV 対策

これがこのシリーズの肝。鎮痛設計そのものを PONV を起こしにくい方向に振るのが最も効率的。

  • 局所麻酔薬主体・フェンタニルは少量:0.1〜0.125% ロピバカイン + フェンタニル 2 μg/mL あたり
  • 持続量を抑え、ボーラスで補う:Bernards 理論的にも、持続は低濃度・ボーラスで脊髄に効かせる方が opioid 総量を減らせる
  • 無闇に「効きが悪いから」と持続を倍にしない:カテーテル位置と局麻濃度をまず疑う(シリーズ第2回参照)

レスキューフロー(病棟・PACU 用)

研修医や看護師にそのまま渡せるレベルに整理しておきます。

 
 
PONV 発生
  ↓
予防薬を確認(6時間以内に何を使ったか)
  ↓
別クラスの制吐薬を選択
  ↓ 第一選択(予防に未使用)
    ・オンダンセトロン 4 mg IV
    ・デキサメタゾン 4 mg IV(初回未投与の場合)
    ・ドロペリドール 0.625 mg IV
    ・メトクロプラミド 10 mg IV
  ↓
改善しない場合
  ・硬膜外フェンタニル流量を半減 or 中止し局麻のみに
  ・原因検索(腸閉塞、低血圧、低血糖、脱水)

ポイントは、「制吐薬を足す」より先に「硬膜外フェンタニルを減らす」という選択肢を持っておくこと。 鎮痛が壊れずに opioid を引けるなら、それが一番。局所麻酔薬の濃度・流量を保てば、フェンタニルだけ減量しても鎮痛は維持できることが多いです。

まとめ:3つの行動原則

最後に、研修医にそのまま渡す3つの原則。

  1. 硬膜外フェンタニルを使う時点で Apfel 1点。最初から多剤予防を前提に考える。
  2. 2点以上は 2 剤併用、3点以上は 3 剤併用が世界標準(Gan 2020)。
  3. レスキューは「予防に使った薬と違うクラス」。同じクラスを6時間以内に重ねない。

PONV は、麻酔の質を評価するうえで患者満足度に直結します。 さらに ERAS / 早期離床の観点でも、PONV があると経口摂取・離床がすべて遅れます。鎮痛戦略を立てるときに、PONV 対策を後手で考えるのではなく、麻酔計画と一体で考えるのがプロの仕事だと思います。

硬膜外入れたのに吐くではなく、硬膜外を入れるからこそ吐かせない対策をする!

 

では、また。

文献

  1. Apfel CC, et al. A simplified risk score for predicting postoperative nausea and vomiting: conclusions from cross-validations between two centers.
    Anesthesiology 1999;91(3):693-700.
    doi:10.1097/00000542-199909000-00022
  2. Gan TJ,  et al. Fourth Consensus Guidelines for the Management of Postoperative Nausea and Vomiting.
    Anesth Analg 2020;131(2):411-448.
    doi:10.1213/ANE.0000000000004833