前回からのつづき。硬膜外フェンタニルについて、もう一つよく聞かれる素朴な疑問があります。
フェンタニル 100 μg を硬膜外に入れるとき、原液(50 μg/mL)で 2 mL のままドンと入れていいの?それとも生食で薄めるべき?
これは「投与量」とは別の、容量(ボリューム)と濃度をどうするかという問題で、意外と奥が深いところなんです。
結論から言うと、
5〜10 mL に薄めて入れる方が、薬物動態的に理にかなっている。 原液 2 mL のままだとカテーテル先端部分の狭い範囲にしか効かない。
というのが私の考えです。
大前提:ボーラスのフェンタニルは「脊髄で効く」
容量の話の前に、前回の復習をひとつ。
硬膜外フェンタニルは、ボーラスで入れるか持続で流すかによって、効く場所(作用部位)が変わるんでしたね。Ginosar らのボランティア試験 [3]が、この長年の論争にきれいなケリをつけてくれました。
* ボーラス投与:分節性の鎮痛が出て、鎮痛効果は血中濃度と相関しない → 脊髄(分節)で効く
* 持続投与:非分節性の鎮痛になり、鎮痛効果が血中濃度ときれいに相関する → 全身性(血液に吸収されて効く)
今回のテーマである「ボーラス」は、まさに脊髄分節で勝負する投与法。
だから、どの分節にどれだけ届くか=容量 と 広がり のバランスが大切なわけです。
硬膜外腔は「広がる」スペース
これは局所麻酔薬で皆さん馴染みのある原則ですが、オピオイド でも本質は同じ。硬膜外腔における薬剤の広がりは二つの要素で決まります。
- 容量(注入する mL 数)→ 縦方向(分節範囲)が広がり
- 濃度(mg/mL)→ 局所的な薬理効果の強さ
容量が小さければ、薬剤は注入点近くにとどまり、上下数分節しか広がりません。
フェンタニル原液 50 μg/mL を 100 μg ボーラスすると、容量はたった 2 mL。これではカテーテル先端付近の 2〜3 分節分 しかカバーできない可能性が高いんです。
この「容量を増やすと分節範囲が広がる」というのは、実は産科麻酔の世界できれいに検証されています。Siddik-Sayyid らの RCT [5] では、硬膜外腔への先行注入を 2 mL と 10 mL で比べたところ、10 mL の方がブロックされた皮膚分節数が有意に多かった。
ただ、痛みのスコア(VAS)も追加鎮痛の必要量も、両群で差がなかったんです。
容量を増やすと「カバーする範囲」は広がるが、「鎮痛の強さ」そのものが増すわけではない。
だから「薄めて容量を稼ぐ」意義は、広い範囲(多分節)を一度にカバーしたいときに生きてくる。痛みが狭い範囲に限られているなら、無理に薄める必要はないというわけです。
Bernards の理論から考えると
前回紹介した Bernards 先生の仕事[1-2]を思い出してください。脂溶性の高いフェンタニルは、硬膜外脂肪と硬膜外静脈に取り込まれやすい。フェンタニルが髄液に移行できるかどうかは、脂肪・静脈に持っていかれる前に、いかに濃度勾配を稼げるかなんです。
そうすると、
- 濃度が高くても容量が少ない(原液 2 mL):広がりが悪く、限れた分節範囲でしか濃度勾配がいかせない
- 5〜10 mLに希釈:広がりはよく、各分節での濃度勾配もしっかり保てる(実用上のスイートスポット)
- 20 mL 以上に希釈:広がりは抜群だが、シャビシャビで各点での濃度勾配が小さくなり、髄液移行が落ちる可能性がある
経験的に多くの麻酔科医が無意識にやっている「ちょっと薄めて入れる」は、分節範囲を稼ぐ という点では理論的にも妥当なんですね。
局所麻酔薬と一緒に入れるワケ
実際には、フェンタニルを単独で硬膜外ボーラスすることは少なく、たいてい局所麻酔薬に混ぜて入れますよね。
- 0.2% ロピバカイン 5〜8 mL + フェンタニル 100 μg のような組み合わせ
局所麻酔薬が キャリア として容量を稼ぎ、分節範囲を広げてくれます。さらに、局所麻酔薬と硬膜外フェンタニルには相乗効果がありました。Polley らの MLAC 試験 [4]では、硬膜外フェンタニルは、静注フェンタニルに比べてブピバカインの効力を約 1.9 倍に高めました(=同じ鎮痛に必要な局麻濃度がほぼ半分ですんだ)。同時に皮膚分節レベルも有意に高く、これは フェンタニルが主に脊髄で効いていることを裏づけた所見です。
これが、術後鎮痛で「局麻+オピオイド混合」が標準になっている薬理学的理由ですね。
生食希釈 vs 局麻希釈
では、生食で薄めるのか、局所麻酔薬で薄めるのか。
| 状況 | 希釈法 | 理由 |
| 術中・抜管前 | 生食希釈 5〜10 mL | 循環をいじりたくない |
| 術後 PCEA 開始時のローディング | 薄い局麻+フェンタニル |
スムーズで確実な鎮痛の立ち上がりを狙う |
| 既に局麻持続中の レスキュー | 生食希釈 (5 mL 程度) | 局麻の追加は、運動神経ブロック等の評価と別建てで判断 |
| カテーテル位置確認のテストドーズ兼用 | 局麻入り | 冷覚低下範囲などを確認できる |
原液 100 μg(2 mL)を使う場面はある?
- 既に局所麻酔薬が硬膜外腔にタプタプにあって、そこにオピオイドだけを足したいとき
- カテーテル位置に自信があって狭い分節をピンポイントで狙いたいとき
(例:胸部硬膜外で T4-T6 だけ強化) - 術直後で循環不安定、どうしても容量負荷を小さくしたいとき
こういう場合は原液ボーラスもアリかもしれません。
大切なのはルーチンにするのではなく、「あえて容量を少なくすることを選んだ」と意識して使うべきものと思います。
まとめ
硬膜外フェンタニルは、
- 投与法(ボーラス vs 持続)で作用部位が変わる
- 投与のタイミング・患者背景で安全域が変わる
- 容量・濃度の選択で鎮痛範囲が変わる
「100 μg は危ない」「希釈は不要」「持続で流しておけばいい」といった単純化された指導をそのまま鵜呑みにせず、毎回、薬物動態の地図の上に自分の症例を置いて考える ことが、麻酔科医としての腕のみせどころだと思います。
それでは、また。
文献
- Bernards CM, et al. Epidural, cerebrospinal fluid, and plasma pharmacokinetics of epidural opioids (part 1): differences among opioids.
Anesthesiology 2003;99(2):455-65.
doi:10.1097/00000542-200308000-00029 - Bernards CM, et al. Epidural, cerebrospinal fluid, and plasma pharmacokinetics of epidural opioids (part 2): effect of epinephrine.
Anesthesiology 2003;99(2):466-75.
doi:10.1097/00000542-200308000-00030 - Ginosar Y, Riley ET, Angst MS. The site of action of epidural fentanyl in humans: the difference between infusion and bolus administration.
Anesth Analg 2003;97(5):1428-38.
doi:10.1213/01.ANE.0000081793.60059.10 - Polley LS, et al. Effect of intravenous versus epidural fentanyl on the minimum local analgesic concentration of epidural bupivacaine in labor.
Anesthesiology 2000;93(1):122-8.
doi:10.1097/00000542-200007000-00022 - Siddik-Sayyid SM, et al. The effect of injection of two vs 10 mL saline on the subsequent spread and quality of epidural analgesia in parturients.
J Clin Anesth 2006;18(8):575-9.
doi:10.1016/j.jclinane.2006.03.015