ノルアドレナリンの末梢持続投与が増えた日常から
最近、ノルアドレナリンを末梢ルートから持続投与する機会が増えた。
以前なら、末梢からのノルアドレナリン持続投与といえば、ICUで中心静脈を確保するまでの「つなぎ」か、心臓手術後の限られた場面に限られていた。ところが最近は、泌尿器科の手術でシリンジポンプにノルアドレナリンをセットすることが日常になりつつある。きっかけは、アラグリオ®(5-アミノレブリン酸塩酸塩、5-ALA)を内服した膀胱腫瘍の経尿道的切除術——いわゆるPDD-TURBTだ。
膀胱腫瘍の蛍光診断にアラグリオが使われるようになってから、術中の血圧管理の様相が一変した。麻酔導入後にエフェドリンを打つ。効かない。フェニレフリンを打つ。これも効かない。「あれ?」と思っているうちに血圧は50台まで落ちていく。最初に経験したとき、正直なところ少し焦った。それまでのTURBTの麻酔で、こんなことは一度もなかったからだ。
その「焦り」が、調べ始めるきっかけになった。
文献を紐解いてみると、驚くべき数字が並んでいた。全身麻酔導入後に血圧が47/32 mmHgまで急落し、フェニレフリンもエフェドリンも無効。ノルアドレナリンのボーラス投与でも65/39 mmHgまでしか回復しなかったという症例報告[1]。さらに衝撃的なのは、術後に一旦回復したかに見えた81歳の患者が、病棟帰室後5時間で約12秒間の心停止を起こしたという報告だ[2]。
これは、もう「ちょっと血圧が下がりやすい薬」という認識では済まされない。
本ブログでは、5-ALA内服後のTURBTにおける血圧低下の時間経過、その機序、リスク因子、そしてノルアドレナリン予防的持続投与を含む具体的対策について、最新のエビデンスをもとにまとめた。
発生率94.3%——「ほぼ全例」という現実
自分の経験は例外ではなかった。むしろ、それが「普通」だった。
Kondoらの多施設コホート研究(2023年、252例)では、5-ALA内服後に全身麻酔下でTURBTを施行した患者の94.3%に術中低血圧(MAP<65 mmHg)が発生した[3]。全身麻酔の調整オッズ比は17.94(95%CI: 3.21–100.81)。
問題は「起こるかどうか」ではなく、「どこまで重症化するか」である。
PPIXという「見えない血管拡張薬」——機序と時間経過
5-ALA自体は単なるアミノ酸前駆体だが、その代謝物であるプロトポルフィリンIX(PPIX)がNO非依存的に可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化し、強力な血管拡張をもたらす[4]。
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ALA(親化合物) |
PPIX(活性代謝物) |
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約0.83時間 |
約6.17時間 |
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2.27時間 |
4.91時間 |
PPIXは内服後4〜8時間でピークに達し、効果は少なくとも9時間以上持続する[5]。アラグリオの添付文書が指定するPDD開始時間(内服後3時間)は、まさにPPIX血中濃度の急速上昇相[6]にあたり、ここに全身麻酔の交感神経抑制が加わることで「最悪の組み合わせ」が生じる。
5-ALA内服
▼ 0〜1時間:ALA吸収、血圧への影響は軽度
▼ 1〜3時間:PPIX産生が加速、術前の血圧上昇反応が既に抑制される
→ PDD-TURBT群ではMAP変化が+6.5 mmHgにとどまる
(通常TURBT群は+14.7 mmHg)[7]
▼ 3〜4時間:★【最大リスク期】全身麻酔導入
→ 麻酔導入後中央値9分(範囲3〜28分)で重症低血圧 [8]
→ 通常の昇圧剤に抵抗性
▼ 4〜8時間:PPIXピーク帯
→ 持続的低血圧(MAP<65 mmHg≥30分)が約25%に発生 [9]
▼ 8〜12時間:PPIX下降相だが依然として高値
→ 脊椎麻酔下でも帰室2時間後に血圧が回復せず [10]
▼ 翌朝:高ヘマトクリット患者ではSBP低下が残存 [11]
PPIXはNO非依存的にcGMPを増加させるため[4]、α受容体刺激による血管収縮だけでは十分に拮抗できない。これが、フェニレフリンもエフェドリンも効かず、ノルアドレナリンでも部分的にしか血圧が回復しない理由だ[1][2]。最初からノルアドレナリンを準備しておくべきである。
リスク因子と保護因子——誰が危ないのか
多変量解析によるリスク因子
| 順位 | リスク因子 | オッズ比 | 研究 |
|---|---|---|---|
| 1 | 全身麻酔 | 14.4〜25.8 | Fukuhara 2021[6], Yatabe 2020[8] |
| 2 | 導入前SBP<100 mmHg | 13.3 | Yatabe 2020[8] |
| 3 | 高血圧の既往 | 7.6 | Fukuhara 2021[6] |
| 4 | 女性 | 3.95 | Yatabe 2020[8] |
| 5 | ACE阻害薬/ARB内服 | 1.95 | 2025年研究[9] |
全身麻酔のOR 14〜26という数字は、通常の周術期リスク因子としては異例の大きさだ。通常の周術期リスク因子でこれほどのオッズ比を示すものは極めて稀である。
保護因子
| 保護因子 | オッズ比 | 研究 |
|---|---|---|
| Ca拮抗薬内服 | 0.183(保護) | Fukuhara 2021[6] |
| レミマゾラム(vs セボフルラン) | 0.35(保護) | 2025年研究[9] |
Ca拮抗薬のOR 0.183は、Ca拮抗薬を内服している患者は低血圧リスクが約5分の1になる。術前にCa拮抗薬を中止してはならない。むしろ、Ca拮抗薬が処方されていない高血圧患者の方がハイリスクと認識すべきである。
ヘマトクリット高値という意外な予測因子
Shiratoriらは、5-ALA投与群でヘマトクリット値が高い患者ほど血圧低下が大きいという有意な相関を報告した[11]。ヘマトクリット高値 → ヘム鉄リサイクル亢進 → PPIXへの変換促進という機序が推定されている。
| 測定時点 | Spearman相関係数(rS) | p値 |
|---|---|---|
| 手術室入室前 | −0.449 | 0.024 |
| 麻酔導入前 | −0.584 | 0.002 |
| 術中 | −0.401 | 0.047 |
| 術後 | −0.658 | p<0.001 |
| 翌朝 | −0.547 | 0.004 |
つまり、貧血のないHb値が正常〜高値の患者こそ要注意という落とし穴である。
全身麻酔 vs 脊椎麻酔——どちらも万全ではない
「全身麻酔がハイリスクなら脊椎麻酔で」——その判断は間違いではないが、落とし穴がある。
実際、多変量解析では全身麻酔のOR 14〜26に対し、脊椎麻酔は術中の持続的低血圧(MAP<65 mmHg≧30分)のリスクが有意に低いことが示されている[9]。全身麻酔は「急激に落ちて覚醒で持ち直す」、脊椎麻酔は「術中は穏やかだが術後がだらだら続く」。Satoらの報告では、脊椎麻酔下の5-ALA群で病棟帰室後2時間まで血圧低下が持続していた[10]。通常ならブピバカインの効果はとうに消退している時間帯であり、PPIXによる血管拡張が脊麻の残効に入れ替わっている。
| 全身麻酔 | 脊椎麻酔 | |
|---|---|---|
| 術中の低血圧重症度 | 重症(OR 14〜26) | 比較的軽度 |
| 術中の持続的低血圧(≧30分) | 約25% | 有意に低い[9] |
| 術後 | 覚醒で改善傾向だが遅発性心停止の報告[2] | 脊麻効果消退後もPPIXの低血圧が遷延[10] |
| 最大の落とし穴 | 術後にも低血圧監視が必要 | 脊麻の残効と誤認され対応が遅れる |
最も衝撃的なのは、全身麻酔下TURBT後に一旦SBP 100 mmHgまで回復した81歳男性が、帰室後約5時間で約12秒間の心停止を起こした症例だ[2]。Shiratoriらも、5-ALAの血圧への影響は麻酔方法にかかわらず少なくとも9時間持続すると報告している[5]。
どちらの麻酔法を選んでも、術後少なくとも12時間のモニタリングは必須である。
<アラグリオ®(5-ALA)内服後の全身麻酔導入——麻酔科医への警鐘(2)へ続く>
TUR-BTにアラグリオを使用してほしくないということではなく、麻酔科医に認識を改めてほしいという意図で書いた文章なので、一部を切り取って悪用するために本ブログを引用ことはやめていただきたい。
引用文献
1. Yatabe T, et al. 5-Aminolevulinic acid-induced severe hypotension during transurethral resection of a bladder tumor: a case report. JA Clinical Reports. 2019;5(1):58.