「ETCO2、30から35mmHgくらいで管理しておけば大丈夫だろう」
多くの麻酔科医が日常的にそう考えているかもしれません。しかし、その「何となくの正常範囲」が、実は患者の術後肺合併症(PPCs)、せん妄、さらには死亡リスクの上昇と関連しているとしたら…?
2025年にBritish Journal of Anaesthesiaに掲載されたNasaらの論文 [1] をはじめ、近年、術中の「軽度な低CO2血症」が患者の予後悪化と関連することを示唆する注目すべきエビデンスが次々と報告されています。これは、私たちの日常的な術中換気の捉え方を再考させるものです。
術中ETCO2低下と関連する4つのアウトカムを解説し、さらに踏み込んで「真の低CO2」をどう判断すべきかを考えます。
「低CO2」と関連する4つのアウトカム
従来、軽度の過換気は臨床的に問題視されることが少なかったかもしれません。近年の研究はその認識に疑問を投げかけています。これらは観察研究であり因果関係を証明するものではありませんが、無視できない関連性を示しています。
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予後悪化 |
主要なエビデンス |
リスク上昇の目安(調整後) |
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術後肺合併症 (PPCs) |
Nasa P, et al. |
ETCO2 <35mmHgで |
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術後せん妄 (POD) |
Ahrens E, et al. |
ETCO2 ≤25mmHg(5分以上)で |
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術後臓器障害 |
Dong L, et al. |
ETCO2 <35mmHgで |
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30日死亡率 |
Dony P, et al. |
ETCO2 <35mmHgで |
なぜ低CO2は危険なのか?2つのメカニズム
では、なぜ単なる「少し多めの換気」がこれほどまでに有害なアウトカムと関連しているのでしょうか。主に2つのメカニズムが考えられます。
- 過換気による「直接的な組織低酸素」
教科書的な知識では、低CO2(呼吸性アルカローシス)は脳血管を収縮させ、脳血流を低下させる可能性があります。さらに、酸素解離曲線を左方移動させ(ボーア効果)、ヘモグロビンが組織で酸素を放しにくくさせます。つまり、SpO2が100%でも、脳や各臓器は低酸素状態に陥っている可能性があるのです。これが術後せん妄や臓器障害の一因と考えられます。
- 「低心拍出量」の隠れたサイン
Dongらの研究 [3] が指摘する、より深刻な可能性です。換気量が一定の場合、ETCO2は肺血流量、すなわち心拍出量を反映します。つまり、「血圧は正常、でもETCO2が低い」という状況は、末梢血管抵抗の上昇によって代償された「隠れた低心拍出量」を示唆しています。
この場合、ETCO2の低下は「過換気の結果」ではなく、「危険な循環不全の存在」を示唆する警告灯かもしれません。血圧計の数値だけを信じていると、この重要なサインを見逃します。
その低ETCO2、本当に「過換気」ですか?
ETCO2の低下に気づいたとき、私たちは反射的に「換気しすぎたかな?」と考えがちです。しかし、その判断は本当に正しいのでしょうか?
PaCO2とETCO2の「乖離」に注目する
ETCO2は肺胞CO2分圧(PaCO2)を反映しますが、両者は常に一致するわけではありません。健康な人でも、肺胞死腔の影響でETCO2はPaCO2より2〜5mmHg低くなります(P(a-ET)CO2勾配)[6]。
この勾配が5mmHgを超えて拡大している場合、それは単なる過換気ではなく、V/Qミスマッチの増大や肺血流の低下を示唆する重要なサインです。
ETCO2低下の鑑別診断
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状況 |
PaCO2 |
P(a-ET)CO2勾配 |
考えられる原因 |
対応 |
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真の低CO2血症 |
低下 |
正常 (2-5mmHg) |
過換気 |
換気量↓ |
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低心拍出量 |
正常〜上昇 |
拡大 (>5mmHg) |
循環サポート |
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正常〜上昇 |
著明に拡大 |
血栓、空気、脂肪 |
原因検索と治療 |
1985年のWeilらの古典的な動物実験 [7] は、心拍出量が低下すると肺血流が減少し、ETCO2が低下することを示しました。さらに、Gouel-Chéronらの研究 [8] では、術中の重症アナフィラキシーにおいてETCO2が20mmHg未満まで低下することが報告されており、ETCO2の急激な低下が重篤な循環不全の早期警告となりうることが示唆されています。
「真の低ETCO2低下」をどう捉えるか
- ETCO2が35mmHg未満に低下したら、まず動脈血ガス分析をおこなう
- これによりPaCO2が確認でき、P(a-ET)CO2勾配を計算できます。
- P(a-ET)CO2勾配が5mmHgを超えていたら、低心拍出量を疑う
- 安易に換気量を調整するのではなく、循環動態の評価(血圧、心拍数、心エコーなど)を行い、原因に応じた治療(輸液、昇圧剤など)を検討します。
- 高齢者では注意が必要
- Satohらの研究 [6] によると、高齢者(65歳以上)ではベースラインのP(a-ET)CO2勾配が1 ± 3.1 mmHgと、若年者より大きい傾向にあります。この点を考慮して評価する必要があります。
どう行動するか
- ETCO2の目標値を「35-45mmHg」に設定する: なんとなく30-35mmHgで管理する習慣を見直し、明確に35mmHg以上を目標とする。
- 低CO2アラームを35mmHgに設定する: アラームが鳴ったら「なぜ下がっているのか?」を考える習慣をつける。
- 「低CO2」の原因を鑑別する: アラームが鳴った時、まず動脈血ガスでPaCO2を確認し、P(a-ET)CO2勾配を評価する。勾配が拡大していれば、それは「過換気」ではなく「循環の問題」と考える。
ETCO2は、単なる換気指標ではありません。それは、脳血流、心拍出量、そして患者の予後と関連する情報を与えてくれる「窓」なのです。その窓から発せられる小さなサインを見逃さないこと。それが、患者を術後合併症から守るための、重要な視点です。
参考文献
[1] Nasa P, et al. Association of intraoperative end-tidal CO2 levels with postoperative outcomes: a patient-level analysis of two randomised clinical trials. Br J Anaesth. 2025 Nov 25 (Pre-proof).
[2] Ahrens E, et al. Dose-dependent relationship between intra-procedural hypoxaemia or hypocapnia and postoperative delirium in older patients. Br J Anaesth. 2023;130(2):e298-e306.
[3] Dong L, et al. Association between intraoperative end-tidal carbon dioxide and postoperative organ dysfunction in major abdominal surgery: A cohort study. PLoS One. 2023;18(3):e0268362.
[4] Dony P, et al. Hypocapnia measured by end-tidal carbon dioxide tension during anesthesia is associated with increased 30-day mortality rate. J Clin Anesth. 2017:159-164.
[5] Mutch WAC, et al. End-Tidal Hypocapnia Under Anesthesia Predicts Postoperative Delirium. Front Neurol. 2018;9:678.
[6] Satoh K, et al. Evaluation of Differences between PaCO2 and ETCO2 by Age as Measured during General Anesthesia with Patients in a Supine Position. J Anesthesiol. 2015;2015:710537. https://doi.org/10.1155/2015/710537
[7] Weil MH, et al. Cardiac output and end-tidal carbon dioxide. Crit Care Med. 1985;13(11):907-9.
[8] Gouel-Chéron A, et al. Low end-tidal CO2 as a real-time severity marker of intra-anaesthetic acute hypersensitivity reactions. Br J Anaesth. 2017;119(5):908-917.