「脳波モニターなんて、鎮静深度がわかるだけでしょ?」
もし今、そう思っているなら、あなたは10年前の麻酔科医と同じ場所に立っているのかもしれません。そして、患者の脳が発する重要なSOSを見逃している可能性があります。
2015年、『Anesthesiology』誌に、EEGの「薬物シグネチャ」を解説した画期的なレビュー論文 Part I [1]が掲載されました。それは、「なぜBISの数値だけを信じてはいけないのか」を神経科学的に解き明かし、私たちに生の脳波を読むことの重要性を突きつけました。
そして2025年。10年の時を経て発表された Part II [2]は、その議論を遥か先へと推し進めます。テーマはもはや「鎮静深度」ではなく「脳波でいかに患者の命を救うか」になっています。
この2つの論文が示す10年間の麻酔科領域におけるEEGの考えかたの劇的な進化を、Part IIで紹介された衝撃的な3つ症例と共に紐解きます。これは、モニターの見方を画期的に変えるかもしれません。
10年間の進化:「鎮静」から「脳保護」へ
この10年で、EEGの役割は劇的に変化しました。Part IがEEGを「なぜ見るべきか」を問うたのに対し、Part IIは「見て何をすべきか」を具体的に提示しています。
その核心が、「薬物シグネチャ」と「生理学的シグネチャ」を区別する能力です。
| シグネチャの種類 | 言い換え | 臨床的な問い |
| 薬物シグネチャ | 麻酔薬が脳に"書き込む"パターン | 薬は効いているか? |
| 生理学的シグネチャ |
患者の体が |
体内で 何か異常が起きていないか? |
EEGの変化を見たとき、それが「薬のせい」なのか、それとも「脳虚血や発作といった、体内でおきている異常のせい」なのか。この鑑別能力こそが、現代の麻酔科医に求められる新たなコアコンピテンシー(中核となる能力)なのです。
【ケーススタディ】その脳波、本当に「麻酔が深い」だけですか?
論文に掲載された3つの症例は、このコンセプトを端的に示しています。指導医と研修医の対話として見ていきましょう。
Case 1:鎮静剤の入れすぎ? それとも…?
〜39歳女性、重症呼吸不全・右心不全のケース〜
研修医: 先輩、39歳の患者さん、プロポフォール50μg/kg/分で脳波がバーストサプレッションにんっています。鎮静が深すぎますね。減量します。
指導医: それが定石だね。
研修医: (減薬後)きれいな波形に戻りました!…(2日後)先輩!またバーストサプレッションです!薬は少ないままなのに!
指導医: 待て。薬が増えていないのに脳波が抑制されるなら、話は別だ。「脳に血流が届いていない」可能性を考えろ。心臓は?
研修医: あ!エコーで右心不全が悪化し、心拍出量が落ちています!
指導医: それだ。脳は「循環不全だ」!血圧を上げて心臓を助けろ!
【教訓】 脳波の抑制を見たとき、第一に「薬の過量」を疑うのは正しい。しかし、投与量と乖離する抑制は「脳血流低下」のサインである。脳波は優れた脳灌流のモニターである。
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Case 2:高齢者の脳波は「静けさ」に注意
〜89歳女性、心臓手術後のケース〜
研修医: 89歳の患者さんです。脳波の振幅がすごく小さいですが、高齢者だとこんなものでしょうか?
指導医: いや、違う。高齢者では鎮静時のアルファ波が出にくい。だからこそ、「全体のパワー(波の強さ)が落ちる」のが危険信号だ。それは鎮静の深さではなく、脳虚血のサインかもしれないよ。心係数(CI)は?
研修医: うわっ、CI 1.3です!ショックです!
指導医: すぐに補助循環の準備だ。…(処置後)循環は回復したが、意識が戻らないな。脳波に「周期的な変な波」は出ていないか?
研修医: 出ています!これは…?
【教訓】
- 高齢者の脳波では、アルファ波の有無より「全体のパワー低下」がショックの早期警告となる。
- 鎮静からの覚醒遅延では、「見えないてんかん発作」を常に鑑別に挙げ、脳波で確認する。
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Case 3:血圧計は嘘をつく。だが、脳は嘘をつかない。
〜65歳男性、人工心臓手術中のケース〜
研修医: 人工心肺から離脱しました。橈骨動脈ラインの血圧は85mmHg。安定しています!
指導医: ちょっと待て。脳波がバーストサプレッションになってるぞ!
研修医: え? なんで!? 血圧は正常なのに!
指導医: モニターの数値を信じるな、脳を信じろ! 大動脈の圧を直接測ってくれ!
研修医: 測りました…うわぁ!! 大動脈圧は35mmHgしかありません!
指導医: やはりな! 脳は正直だ。血流が途絶えた瞬間に活動を止めた。すぐに人工心肺に戻して昇圧しろ!
【教訓】 「バイタルサイン正常、脳波異常」は、バイタルサイン測定エラーか、急激な循環変動(例:大動脈解離)を知らせる緊急事態である。脳は最も正直な血流モニターである。
明日から、あなたのモニターの見方が変わる!
この10年間で、EEGは「鎮静深度計」から「脳と全身の危機を知らせる早期警戒システム」へと進化しました。
あなたの目の前のEEGモニターは、ただの数字や波形ではありません。それは、患者の脳がリアルタイムで語りかける「声」なのです。その声に耳を傾けることで、救える命があります。
参考文献
[1] Purdon PL, et al. Clinical Electroencephalography for Anesthesiologists: Part I: Background and Basic Signatures. Anesthesiology. 2015;123(4):937-60.
[2] Guay CS, et al. Clinical Electroencephalography for Anesthesiologists and Intensivists: Part 2- Physiologic Signatures and Active Management. Anesthesiology 2025; 143:1595-618