麻酔科に入って、卒後1年目の秋に大学病院からはじめて一般病院に赴任した。30年以上も前の話である。当時は、現在のように2年間の初期臨床研修が義務づけられていなかったので、卒後1年目から専門科を決めて働くことができた。しかし、卒後1年目は麻酔科医と正式に名乗ることはできなかった。では、何科と言われても麻酔科に勤務している医師(麻酔科修練中)としか言いようがない。正式に麻酔科医と名乗るには、規定の麻酔科研修を行い、麻酔科標榜許可という厚生労働大臣からの資格が必要であるからだ。この、麻酔科標榜許可はいまでも変わっていないので、医師免許を得た後、 麻酔の実施に関して十分な修練を行うことのできる医療機関で、麻酔科指導医のもとで、2 年以上専ら麻酔の実施に関する修練を受けることが必要である。
気管挿管しかできない医者はいらん!
麻酔科の修練を続けていた、ある日、麻酔科の上司から「気管挿管しかできない医者はいらん!」と言われてハッと気づかされた。その頃は、挿管楽しい、動脈ライン楽しい、中心静脈楽しい、硬膜外穿刺楽しいなど、手技に目がいきがちであった。
「気管挿管しかできない医者はいらん!」が、どういう意味なのかを考えはじめて、麻酔科医は何をすべきかがみえてきた。要するに、麻酔はなぜ行う必要があるのかがわかっていなかったのだ。手術をするために麻酔が必要なこと。麻酔をかけると何が起こるかと言うこと。手術や麻酔の後には何が起きるかと言うこと。それについて考えなければ麻酔科の存在意義はないということだったのだ。麻酔は、患者さんがうまく回復してはじめて評価されるということ。患者ファーストを考えて麻酔管理を行う。どんな手術であるかを理解せずに麻酔はできないと言うことである。気管挿管などの手技はできて当たり前、それも、うまくできなければ麻酔が患者の足を引っ張る。それ以上に、患者の状態の把握と良好な麻酔状態の維持、さらには上手な覚醒、快適な術後、社会生活へのすみやかな復帰が麻酔科医の担当すべき範囲(仕事)であろう。これに、早いうちに気づかせてくれた先輩麻酔科医に感謝している。
今思い返せば、このころ、私の麻酔科医としてのアイデンティティーが確立したと思う。そして、行うべき課題、勉強すべき課題の多いことに気づかされた麻酔科修練1年目であった。麻酔科医になるというのは、厚生労働大臣から麻酔科標榜許可をもらうということではなく、麻酔科医としての一人前の考えや仕事ができるという意味であることは言うまでもない。
標榜許可に必要な基準
厚生労働大臣は、医師が次のいずれかの 基準に適合しているときに許可を与える。
【基準1】医師免許を得た後、 麻酔の実施に関して十分な修練を行うことのできる医療機関※において、十分な指導を行う医師のもとで、2 年以上専ら麻酔の実施に関する修練を受けていること。
【基準2】医師免許を得た後、 2 年以上麻酔の業務に従事し、かつ、 気管挿管による全身麻酔を主な麻酔担当医として300 症例以上実施した経験を有していること。
※麻酔の実施に関して十分な修練を行うことのできる医療機関
1.麻酔部門の責任者として、十分な指導を行う医師が常時勤務していること
2 麻酔科医が管理する麻酔症例が年間 200 症例以上であること
3 安全な麻酔を行うための手術室、 半閉鎖回路麻酔器などの施設、設備が整備されていること
(有効な修練と認める基準)
2年以上の「麻酔科」での専従経験
①上記「麻酔科」での専従経験に該当する勤務条件は、「手術において行う麻酔に関する業務」に週30 時間以上従事していること。集中治療やペインクリニックに従事し、手術麻酔に関する業務が週 30 時間未満の期間は、同一医療機関における勤務であっても、修練期間に含まれない。
②1ヶ月未満の修練期間については、修練期間に含めない。
③麻酔科に所属しない期間が2年以上ある場合、それ以前の「修練期間」および「経験症例数」については、原則有効としない。
https://www.wam.go.jp/wamappl/bb13gs40.nsf/0/49256fe9001ac4c749256f930028e37a/$FILE/siryou.pdf