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さぬちゃんの麻酔科医生活


麻酔科学サマーセミナーとは何か:22回全出席の世話人が語る、日本全国の麻酔科医のオフラインミーティング

「麻酔科学サマーセミナーって何ですか?」

「サマーセミナーって、学会なんですか? セミナーなんですか? それとも……遊びですか?」

答えは、そのすべてです。そしてそのどれでもない、唯一無二の存在です。

麻酔科学サマーセミナーは、2004年の第1回開催以来、毎年夏に沖縄で開催されている「日本全国の麻酔科医のオフラインミーティング」です。私は第1回から第21回(2025年)まで、世話人として全回出席してきました。この間、一度も欠かしたことはありません。今年(2026年)の第22回も出席予定です。

なぜ、そこまでして毎年沖縄に通い続けるのか。ここでは、その理由を語りたいと思います。


麻酔科学サマーセミナーの基本情報

正式名称: 麻酔科学サマーセミナー(Summer Seminar in Anesthesiology)

開催年: 2004年~(年1回開催。2020年はCOVID-19の影響で延期し、翌2021年に第17回として開催)

会場: 沖縄県名護市の万国津梁館(ばんこくしんりょうかん)を中心に開催。第15回・第16回は沖縄科学技術大学院大学(OIST)で開催。それ以前には、宮古島(第3回、第7回)や石垣島(第5回)で開催されたこともあります。

会期: 2泊3日(金曜日〜日曜日、または3連休に合わせて開催)

参加者数: 200名超(第12回の実績)

公式サイト: https://www.masui-seminars.org/

万国津梁館は、2000年の九州・沖縄サミットで首脳会合が行われた場所です。東シナ海を見渡す部瀬名岬の先端にあり、琉球瓦や琉球石灰岩をあしらったその建物は、初めて訪れた人の誰もが息を呑みます。隣接するザ・ブセナテラスに宿泊、この贅沢な空間で麻酔を語る。それだけで十分に参加する価値があります。


なぜ「オフラインミーティング」なのか

普通の学会とサマーセミナーの最大の違いは何か。それは、参加者同士が本音で語り合えるということに尽きます。

通常の学会は、大きな会場で何百もの演題が並行して走り、知っている人にすれ違っても挨拶だけで終わることが少なくありません。年次の大きさ、肩書きの有無で、なんとなく見えない壁ができてしまいます。

サマーセミナーは違います。

参加者の麻酔経験年数、職種、施設の規模に関わらず、全員がフラットに議論できる。研修医が教授に堂々と質問し、企業の方と麻酔科医が対等にディスカッションする。それが当たり前の空間がここにはあります。

沖縄の開放的な雰囲気が、そうさせるのかもしれません。スーツを着た参加者はいません。かりゆしウェアやアロハシャツが正装です。むしろ、ネクタイ着用は禁止です。

若手の先生に伝えたいのは、この「フラットさ」は本物だということです。普段の自分の施設では聞きにくい素朴な疑問を、ここでは誰にでもぶつけられる。教科書に書いていない現場の知恵、あの先生が本当はどうやって麻酔をかけているのか──そういう話が、沖縄の風に乗って自然と飛び交うのです。

セミナーの構成──学びと交流の黄金比

サマーセミナーは、ただ遊んでいるわけではありません。プログラムは極めて充実しています。

学術セミナー: メインのセッションでは、気道管理やモニタリングなど、麻酔科医にとって核心的なテーマを取り上げます。恒例の「バトルオンセミナー」では、異なる立場の演者がガチンコで議論を戦わせる。ビデオ喉頭鏡、声門上器具、意識下挿管など、誰もが関心を持つテーマが並びます。座長も演者もヒートアップするこのセッションは、参加者が一番前のめりになる時間帯です。

一般演題(ポスターセッション): 全国から寄せられる一般演題もサマーセミナーの見どころです。優秀演題にはベストプレゼンテーション賞が授与されます。一般部門と研修医部門があり、若手の登竜門としても機能しています。過去の受賞者には、その後各地で活躍している先生方がたくさんいます。初めての学会発表がサマーセミナーだったという先生も珍しくありません。大規模学会より緊張が少なく、しかし質の高いフィードバックが返ってくる。ファーストプレゼンテーションの場として、これ以上の環境はないと思っています。

そして、意外と知られていない重要なポイントがあります。麻酔科学サマーセミナーの書誌事項は医学中央雑誌(医中誌Web)に採択・収録されています。つまり、ここで発表した演題は医中誌の文献検索に現れるのです。「リゾート地の気楽なセミナーでしょ?」と思われるかもしれませんが、発表の履歴はきちんと学術的な記録として残ります。研修医の先生にとっては、自分の名前が医中誌に載る最初の機会になるかもしれない。履歴書の業績欄にも堂々と書ける、正真正銘の学術発表です。楽しみながら、キャリアにもプラスになる。これがサマーセミナーのお得なところです。

ハンズオンセミナー: 気道管理セミナーやBLSセミナー、第20回以降には神経ブロックのハンズオンセミナーが実施されています。こうした実技を伴うセッションは、大規模学会では参加枠がすぐに埋まってしまいますが、サマーセミナーの規模感だからこそ、じっくり学べるのです。ハンズオンの参加に漏れたとしても見学のみも可能です。インストラクターとの距離が近いので、手技のコツを直接聞けるのもサマーセミナーならではです。

企業展示: 参加企業によるプレゼンテーションも見逃せません。企業展示賞やラウンドセッションがあり、すべての企業ブースを参加者全員が巡るツアー形式は他の学会にはないユニークな仕組みです。また、企業にとっても参加者との距離が近いため、詳しく紹介できるメリットがあります。新しいデバイスや機器を実際に手に取って、メーカーと直接話せる機会は貴重です

情報交換会(第2日目): ここが肝です。沖縄の地酒を片手に、昼間のセッションで語り足りなかったことを語り合う。名刺交換で終わるような表面的な交流ではなく、本当の意味での人脈がここで生まれます。普段はSNSでしか知らなかった先生と初めて会い、「あの投稿の先生ですか!」と盛り上がる場面も、最近では日常風景です。

ウェルカムパーティー(第1日目): オプションですが、50名限定でサマーセミナーの初日を堪能できる交流会です。ここでも、多くの仲間ができます。第2日目の情報交換会とは異なった、さらにカジュアルな雰囲気です。初参加の方にこそおすすめしたい。翌日からのセミナーで話しかけやすい顔見知りができると、3日間の充実度がまるで違います。

 

フォトコンテスト: 第11回から始まったフォトコンテストは、参加者が沖縄で撮影した写真で競い合う企画です。最優秀作品は、表彰されます。全国の病院で優秀な気管挿管をしている先生方が、カメラでも素晴らしい腕前を発揮するのは、観察眼が鋭い証拠かもしれません。近年は、WEB投稿ができスマホによる写真も多数出品されています。スマホひとつで参加できるので、写真に自信がなくても気軽にチャレンジしてみてください。沖縄の風景が被写体なら、誰でもそれなりに見映えのする写真が撮れるものです。


リフレッシュタイム──沖縄でしかできないこと

セミナーの合間には「リフレッシュタイム」が設けられています。ダイビング、シュノーケリング、ビーチ散策、そして沖縄の美しい海を眺めながらのんびり過ごす時間。

「麻酔、ときどきダイビング!」──これは第7回の印象記のタイトルですが、この一言がサマーセミナーの本質をよく表しています。

ブセナの透き通った海に飛び込んで、熱帯魚と泳いだ直後に、最新のモニタリング技術の講演を聴く。この振れ幅こそがサマーセミナーの醍醐味です。リフレッシュタイムのおかげで頭がリセットされ、午後のセッションが不思議なほどよく頭に入る。遊びと学びは対立するものではなく、むしろ相乗効果を生むのだということを、サマーセミナーは教えてくれます。

最高の学びと最高のリフレッシュ。この組み合わせがあるからこそ、毎年リピーターが絶えないのです。


22年の歩み──私が見てきたもの

第1回(2004年7月)。手探りの中で始まったこのセミナーは、正直なところ、ここまで続くとは思っていませんでした。しかし、回を重ねるごとに参加者は増え、内容は充実し、コミュニティは成長していきました。

忘れられないのは2020年、COVID-19によってセミナーの開催が延期になったことです。この回は、私が代表世話人を務めていました。2021年の第17回は、沖縄が緊急事態宣言下にある中での唯一のハイブリッド開催でした。WEB参加者にも特製ストラップを送り、ZOOM情報交換会を開催し、なんとかして「つながり」を維持しようと奮闘しました。

あの経験を経て、改めて感じたのは、オフラインで会うことの価値です。画面越しに伝わるものと、同じ空間で感じるものは、やはり違う。サマーセミナーが大切にしてきた「本音のディスカッション」は、結局のところ、同じ場所に集まってこそ生まれるのだと確信しました。

LiSA誌には、第4回以降のほぼ毎回の印象記が掲載されています。それぞれの筆者が、初参加の緊張、出会いの感動、そして沖縄の自然に癒された思いを率直に綴っています。「よく学び、よく遊び、よく食べ、そしてよく飲み、話しましょう」──第4回の印象記タイトルですが、これがまさにサマーセミナーの精神そのものです。どの印象記を読んでも、書き手の興奮がそのまま伝わってきます。

若手の先生へ──「自分なんかが行っていいのか」と思っているあなたへ

「自分はまだ研修医だから」「発表するネタもないし」「知り合いもいないし」──そう思って参加をためらっている若手の先生へ。

はっきり言います。サマーセミナーは、あなたのような人のためにある場です。

このセミナーの最大の特徴は、参加のハードルが驚くほど低いことです。演題発表は強制ではありません。ポスターを出さなくても、聴くだけでも、十分に得るものがあります。もちろん、研修医セッションという発表の場も用意されていますから、挑戦したい人には最高の舞台になります。先ほども書きましたが、発表すれば医中誌に収録されます。沖縄の海風の中で発表した演題が、全国の文献検索でヒットする──なかなか痛快ではありませんか。

そして何より、「一人で来ても大丈夫」です。サマーセミナーの空気は、一人参加の人を自然と巻き込んでくれます。ウェルカムパーティーで隣に座った人が、気づけば何年来の仲間になっている。そういうことが、本当に起こるのです。

ここで得られる人脈は、あなたのキャリアを確実に変えます。自施設だけでは見えない麻酔の世界の広さを知ること。全国で同じ悩みを抱えている同世代の仲間がいると知ること。その経験は、明日からの臨床に向かう気持ちを間違いなく変えてくれます。

第22回(2026年)に向けて

第21回(2025年7月)は、代表世話人の柴田正幸先生(前橋赤十字病院)のもと、台風の影響が心配されましたが天候にも恵まれ、全プログラムを無事終了しました。そして、第22回の2026年も万国津梁館での開催が予定されています。

22回目。2004年から数えて、干支が一回りしてもまだ余る年月です。その間に、研修医だった参加者が指導医になり、地方の第一線で後進を育てている。サマーセミナーで出会った仲間と共同研究を始めた先生もいます。企業の方々との距離感も、この場でこそ縮まりました。

かつてサマーセミナーに初めて来た研修医が、今では代表世話人を務めている。そういう循環が生まれていることが、このセミナーの最大の成果かもしれません。

最後に──なぜ私は22回通い続けるのか

サマーセミナーの価値は、一言で言えば「人と人のつながり」です。

全国に散らばる麻酔科医が、年に一度、沖縄に集まる。北海道から九州まで、大学病院から市中病院まで、ベテランから研修医まで。普段の臨床では出会わない人たちと出会い、自分の麻酔を振り返り、新しいアイデアを持ち帰る。

オンラインでは得られない、空気感や偶然の出会いがある。セッションの合間に廊下で交わした何気ない一言が、臨床の疑問を解決してくれることがある。懇親会の席で意気投合した先生と、その後何年も症例を相談し合える関係になることがある。

22年間、私はこの場で数え切れないほどの出会いに恵まれてきました。そのひとつひとつが、自分の麻酔科医人生を豊かにしてくれたと断言できます。だから、来年も再来年も、体が動く限り沖縄に行く。それが私の答えです。

それが、麻酔科学サマーセミナーです。

日本全国の麻酔科医のオフラインミーティング。もし、まだ一度も参加したことがない先生がこのブログを読んでくださっているなら、ぜひ今年の夏、沖縄に来てください。かりゆしウェアを着て、新調した名刺を多めに持って、水着もスーツケースに入れて。

万国津梁──世界の架け橋。そこで、麻酔科医療の未来をともに語りましょう。

第22回麻酔科学サマーセミナーで、お会いできることを楽しみにしています。


讃岐美智義(NHO呉医療センター麻酔科)
麻酔科学サマーセミナー世話人 第1回~第21回 全回出席

関連リンク

麻酔診療報酬点数計算ソフト

令和8年の診療報酬改定に準拠した?かもしれない麻酔診療報酬点数計算ソフトを公開しました。

ざっくり計算するためのものであり、複数体位の時間計算などにより実際に請求できるものとは異なることがあります。

あくまでも目安としてご活用ください。

 

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(Manusにより作成)

麻酔の深度、気道確保デバイスの有無及び麻酔管理体制に応じた保険診療評価に見直し

中央社会保険医療協議会から、麻酔科に関する診療報酬改定が発表されました。

https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001655176.pdf
(p444-447)

私がまとめた表です↓

麻酔の深度、気道確保デバイスの有無及び麻酔管理体制に応じた保険診療評価の見直し
           
区分 改定案(新) 点数 現行(令和6年) 点数 増減・備考
【鎮静(短時間)】 ― 旧L000/L001/L001-2の1/L007 を統合
L001 L001 吸入麻酔又は静脈麻酔による鎮静
1 10分未満のもの
120点 L000 迷もう麻酔 31点 L000は削除・統合
      L001 筋肉注射による全身麻酔、注腸による麻酔 120点 L001に統合
  L001 吸入麻酔又は静脈麻酔による鎮静
2 10分以上20分未満のもの
310点 L001-2 静脈麻酔(短時間のもの)
L007 開放点滴式全身麻酔
310点 L001-2の1/L007を統合
           
【深鎮静】(声門上器具又は気管挿管による気道確保を伴わないもの)― 新設(旧L001-2の2・3を再編)
L007 L007 深鎮静
1 麻酔に従事する医師が専従で実施する場合
2,600点 (新設) 麻酔科標榜医が専従
施設基準あり
    └ 時間加算(2h超・30分毎) 780点      
  L007 深鎮静
2 麻酔に従事する医師の指導下で専従実施
1,700点 新設) 指導医の監督下
施設基準あり
    └ 時間加算(2h超・30分毎) 510点      
  L007 深鎮静
3 麻酔を専従で実施する場合
900点 L001-2 静脈麻酔
2 短時間のもの以外(十分な体制)
旧L001-2の2に相当
  L007 深鎮静
4 1~3以外の場合
600点 L001-2 静脈麻酔
3 短時間のもの以外(その他)
旧L001-2の3に相当
    └ 幼児加算(3歳以上6歳未満) 所定点数×10%     新設
    └ 酸素使用加算 実費算定     新設
           
【閉鎖循環式全身麻酔(L008)】(声門上器具又は気管挿管による気道確保を伴う)― 名称変更・一部点数改定
L008 声門上器具又は気管挿管による
気道確保を伴う閉鎖循環式全身麻酔
  マスク又は気管内挿管による
閉鎖循環式全身麻酔
  名称変更
  L008-1:人工心肺低体温心臓手術/冠動脈バイパス(低体温)/分離肺換気+高頻度換気法
  1 イ 困難な患者 24,900点 1 イ 困難な患者 24,900点 変更なし
  1 ロ イ以外 18,200点 1 ロ イ以外 18,200点 変更なし
    └ 時間加算(2h超・30分毎) 1,800点   └ 時間加算(2h超・30分毎) 1,800点 変更なし
  L008-2:坐位脳脊髄手術/人工心肺心臓手術(低体温除く)/低血圧・低体温・分離肺換気・高頻度換気法麻酔
  2 イ 困難な患者 16,720点 2 イ 困難な患者 16,720点 変更なし
  2 ロ イ以外 12,190点 2 ロ イ以外 12,190点 変更なし
    └ 時間加算(2h超・30分毎) 1,200点   └ 時間加算(2h超・30分毎) 1,200点 変更なし
  L008-3:その他心臓手術/伏臥位麻酔
  3 イ 困難な患者 12,610点 3 イ 困難な患者 12,610点 変更なし
  3 ロ イ以外 9,170点 3 ロ イ以外 9,170点 変更なし
    └ 時間加算(2h超・30分毎) 900点   └ 時間加算(2h超・30分毎) 900点 変更なし
  L008-4:腹腔鏡手術・検査/側臥位麻酔  ★点数改定あり
  4 イ 困難な患者 9,015点 4 イ 困難な患者 9,130点 ▲115点
  4 ロ イ以外 6,500点 4 ロ イ以外 6,610点 ▲110点
    └ 時間加算(2h超・30分毎) 650点   └ 時間加算(2h超・30分毎) 660点 ▲10点
  L008-5:その他の場合
  5 イ 困難な患者 8,300点 5 イ 困難な患者 8,300点 変更なし
  5 ロ イ以外 6,000点 5 ロ イ以外 6,000点 変更なし
    └ 時間加算(2h超・30分毎) 600点   └ 時間加算(2h超・30分毎) 600点 変更なし
           
【定義の整理】
全身麻酔の定義:気道確保デバイス(声門上器具又は気管挿管)を用いた閉鎖循環式全身麻酔(L008)を指す
■ 深鎮静の定義:声門上器具又は気管挿管による気道確保を伴わない鎮静で、麻酔管理体制に応じて4段階で評価(L007)
■ 鎮静の定義:短時間(20分未満)の吸入麻酔又は静脈麻酔による鎮静(L001)
           
【深鎮静(L007)に包括される検査費用】(新設)
D220 呼吸心拍監視
D223 経皮的動脈血酸素飽和度測定(SpO2)
D224 終末呼気炭酸ガス濃度測定(EtCO2)
D228 深部体温計による深部体温測定

アラグリオ®(5-ALA)内服後の全身麻酔導入——麻酔科医への警鐘(2)

同じ薬なのに、なぜ?——脳外科でアラグリオによる低血圧が「起きない」ように見える謎

脳外科の先生方の中には、「私たちの科でもアラグリオを日常的に使っているけれど、そんなに血圧が下がることは経験したことがない」と不思議に思う方がいるかもしれません。
実は、結論から言うと、5-ALA(アラグリオの成分)は脳外科の手術でも血圧を下げています。ただ、それが「問題となるほどの低血圧」として表れにくい、というだけなのです。

定説の起源と、それを覆した大規模データ

5-ALAはもともと、グリオーマ(脳腫瘍の一種)を蛍光で見つけやすくするための手術(蛍光ガイド下手術)のために開発された薬です。2006年に行われたStummer医師らの大規模な臨床試験(322例)では、低血圧は臨床的に大きな問題とはなりませんでした[1]。そのため、2017年にアメリカのFDA(食品医薬品局)に承認された際も、有害事象として報告されたのは1%未満。「脳外科領域では安全な薬である」というのが、長い間の定説でした。
この流れを裏付けるように、2021年にShiratori医師らが、同じ施設内で脳外科と泌尿器科の患者さんの血圧の動きを直接比較した研究を発表しました[2]。この研究では、脳外科の患者さん(17例)では5-ALAを使ったグループと使わなかったグループで血圧に大きな差はなかったのに対し、泌尿器科の患者さん(26例)では、5-ALAを使ったグループで9時間にもわたって明らかな血圧低下が見られました。ただし、この時の脳外科のサンプル数は17例と、非常に少なかった点は考慮すべきでしょう。
この「脳外科では安全」という定説に一石を投じたのが、2022年にMorisawa医師らが発表した多施設共同研究です[3]。142例の悪性グリオーマ手術を対象としたこの研究では、5-ALAを投与した患者さんのうち、手術中に重度の低血圧(収縮期血圧70 mmHg未満)を起こした割合は89%にものぼり、投与しなかった患者さん(56%)と比べて明らかに高いことが示されました。統計解析の結果、5-ALAの投与は、術中低血圧を引き起こす独立したリスク因子であると結論づけられています(オッズ比 6.72)。さらに詳しく分析すると、高齢の患者さんや、特定の降圧薬(RAS阻害薬)を服用している患者さんでは、そのリスクがさらに高まることもわかりました。同時に行われた実験室レベルの研究では、5-ALAが血管を拡張させる二重のメカニズム(NO産生の増加と、PPIXによるsGCの活性化)も示唆されています[3] [4]。
他の研究を見ても、Chung医師らの研究(2013年、90例)では、脳外科手術での低血圧の発生率は11%でしたが、心血管系の病気があり、かつ降圧薬を飲んでいる患者さんでは、リスクが17.7倍にも跳ね上がることが報告されています[5]。また、Schusteff医師らによる最近の総説(2024年、27の研究をレビュー)では、報告されている低血圧の発生率には最大32%と大きな幅があるものの、降圧薬の服用が一貫したリスク因子であると結論づけています[6]。
さらに最近、Morisawa医師らが発表した続報(2025年、148例)では、全体として見ると手術中の低血圧発生率に統計的な差はありませんでした(5-ALA群 88.9% vs. 非投与群 82.9%)。しかし、60歳以上の患者さんやARBアンジオテンシンII受容体拮抗薬)を服用している患者さんに限ると、やはり5-ALAを投与した群で有意に発生率が高いことが確認されました[7]。この研究ではさらに、摘出した腫瘍を調べたところ、血管拡張に関わるタンパク質(リン酸化eNOS)が活性化していなかったことも判明しました。これは、5-ALAによる低血圧が、腫瘍のある局所的な反応ではなく、全身の血管で起きていることを強く示唆するものです[7]。

では、なぜ臨床現場での印象がこれほど違うのでしょうか?

泌尿器科と脳外科でこれほど印象が違うのは、実は薬そのものの問題というより、「患者さんの背景」に大きな違いがあるからです。
因子
膀胱癌(TURBT)[2]
脳腫瘍(グリオーマ)[2]
年齢中央値
73歳
64歳
高血圧の合併
50.0%
29.4%
CKD(eGFR<60)
26.9%
0%
RAS阻害薬※
34.6%
17.6%
 
表を見ると一目瞭然ですが、膀胱癌の患者さんは、5-ALAによる低血圧のリスク因子(高齢、高血圧、腎機能低下、RAS阻害薬の服用)を複数抱えていることが多いのです。一方、グリオーマの患者さんは比較的若く、血管の機能が保たれているため、血圧が下がっても体が代償できる範囲にとどまりやすいと考えられます。加えて、研究ごとに「低血圧」の定義が微妙に異なることも、見かけ上の発生率の差を生んでいる一因でしょう。
重要なのは、5-ALAの血管を広げる作用は、診療科を問わず存在するということです[3] [7]。脳外科であっても、高齢であったり、RAS阻害薬を飲んでいたり、心臓や血管の病気を合併していたりする患者さんに対しては、泌尿器科の手術と同じレベルの警戒が必要だと言えるでしょう。
※RAS阻害薬=ARB/ACE阻害薬/DRI(直接的レニン阻害薬)

麻酔科医としての実践——ノルアドレナリンの予防的投与という考え方

5-ALAによって引き起こされる低血圧の最も厄介な点は、一度起きてしまってから対処しようとしても、なかなか反応しないことです。一般的な昇圧剤であるエフェドリンやフェニレフリンは効果が薄く、ノルアドレナリンを単発で投与しても十分な効果が得られないことがあります[8]。重症化して心臓への血流が減り、心臓自身の機能が落ちてしまうという悪循環に陥ると、そこから抜け出すのは非常に困難になります。
そこで合理的なのが、麻酔を始める前から低用量のノルアドレナリンを持続的に投与し、そもそも低血圧を起こさせない、という「予防的投与」の考え方です。この方法は、帝王切開の際の脊椎麻酔[9] [10]や、重症の大動脈弁狭窄症に対するカテーテル治療(TAVR)[11]などでも有効性が示唆されています。また、腕などの末梢血管から低濃度のノルアドレナリンを投与することの安全性についても、データが蓄積されつつあります[12]。

私が考える管理プラン(私見

【手術前】
□ Ca拮抗薬は継続(保護的に働く可能性)[13]
□ ACE阻害薬/ARBは手術当日の朝、休薬を検討[14]
□ リスク評価:高血圧の既往、ヘマトクリット高値[15]、腎機能低下(eGFR<45)[16]、麻酔導入前の血圧が低い(SBP<100)[17]などの項目をチェック
□ 麻酔方法:脊椎麻酔や全身麻酔であれば、血圧変動の少ないレミマゾラムの使用を考慮[14]
【入室・準備】

□ 動脈ラインの確保(高リスク患者さんでは必須)

ノルアドレナリン(20 μg/mL)をシリンジポンプに準備
【導入→ノルアドレナリン開始】 ★麻酔導入と同時に投与を開始
□ 標準リスク:0.05 μg/kg/分
□ 高リスク:0.1 μg/kg/分
平均血圧(MAP)を65〜80 mmHgに保つように調整
□ MAPが55 mmHgを下回る状態が続くなら、アドレナリン持続投与への切り替えを躊躇しない
【手術後】ノルアドレナリンの急な中止は避ける(5-ALAの効果はまだ続いている)
□ 患者さんの意識が戻るのに合わせて、段階的に減量
□ 重症だった場合は、病棟(ICU)でも低用量での持続投与を検討
□ 手術中に低血圧があった患者さんは、少なくとも12時間のモニタリングを継続
□ 腎機能障害が起きた場合は、ICUでの管理を検討[18]
□ 術後の低血圧を「脊椎麻酔の影響が残っているだけ」と安易に判断しない
□薬の影響が翌朝まで続く可能性があることを、病棟スタッフに周知徹底する[2] [15]
 
第一選択としてノルアドレナリン使うのは、心拍数への影響が少なく、用量の調整がしやすいα1作用がメインだからです。非心臓手術における昇圧剤としてのエビデンスも増えてきています[19]。もし効果が不十分であれば、アドレナリンへと段階的に治療を強化します。

おわりに:シリンジポンプの向こうにある、患者さんの安全

以前の記事でも書きましたが、私はいま、泌尿器科のTUR-BT(経尿道的膀胱腫瘍切除術)という手術で、低用量のノルアドレナリンをシリンジポンプに準備することが当たり前になりました。正直なところ、最初は「TUR-BTでそこまで準備する必要があるのか?」と自分でも思っていました。しかし、関連する論文を読み解くうちに、これが決して大げさな備えではなく、患者さんの安全を守るための「最低限の備え」であることを痛感したのです。
94.3%という高い発生率。全身麻酔でリスクは14〜26倍に。一度起きると昇圧剤に反応しにくい低血圧。そして、術後5時間経ってからの心停止報告[20]。
これらの数字が示す現実は、決して無視できるものではありません。
そして、この問題は泌尿器科だけのものではありません。5-ALAが引き起こす血管拡張は、脳外科手術においても術中低血圧のリスクを6.72倍に高めます[3]。特に、高齢でRAS阻害薬を服用している患者さんに対しては、診療科の垣根を越えて、同じように注意を払う必要があるのです。
5-ALAを用いたPDD(光力学診断)は、非筋層浸潤性膀胱癌の再発率を大きく下げる、非常に優れた技術です。今後も、この技術の恩恵を受ける患者さんは増えていくでしょう。泌尿器科の先生方がこの素晴らしい技術を安心して使い続けられるようにするためにも、私たち麻酔科医がそのリスクを正しく理解し、万全の態勢で臨むことが不可欠です。
「TUR-BTだから大丈夫だろう」——もし、そんな風に思っている麻酔科医の方がいたら、どうかその考えを今日限りで改めてほしいのです。シリンジポンプにセットされた一滴のノルアドレナリンは、私たちの思い込みから患者さんを守り、安全な手術を実現するための、最後の砦なのです
 

この文章は、TUR-BTでアラグリオ(5-ALA)を使うべきではない、という趣旨で書いたものではありません。むしろ、その優れた技術を安全に活用するために、麻酔科医がリスク管理の認識を新たにするべきだ、という意図で執筆しました。そのため、文章の一部だけを切り取って、本来の意図とは異なる目的で本ブログを引用することは固くお断りいたします。

引用文献

  1. Stummer W, et al. Fluorescence-guided surgery with 5-aminolevulinic acid for resection of malignant glioma: a randomised controlled multicentre phase III trial. Lancet Oncology. 2006;7(5):392–401. 
  2. Shiratori T, et al. Differences in 5-aminolevulinic acid-induced hemodynamic changes between patients undergoing neurosurgery and urological surgery. JMA Journal. 2021;4(4):374–386. 
  3. Morisawa S, et al. Association of 5-aminolevulinic acid with intraoperative hypotension in malignant glioma surgery. Photodiagnosis and Photodynamic Therapy. 2022;37:102657. 
  4. Mingone CJ, et al. Protoporphyrin IX generation from delta-aminolevulinic acid elicits pulmonary artery relaxation and soluble guanylate cyclase activation. American Journal of Physiology-Lung Cellular and Molecular Physiology. 2006;291(3):L337-44.
  5. Chung IWH, et al. Risk factors for developing oral 5-aminolevulinic acid-induced side effects in patients undergoing fluorescence guided resection. Photodiagnosis and Photodynamic Therapy. 2013;10(4):362–367. 
  6. Schusteff RA, et al. 5-Aminolevulonic acid, a new tumor contrast agent: anesthesia considerations in patients undergoing craniotomy. Journal of Neurosurgical Anesthesiology. 2024;36(4):294–302. 
  7. Tomoto K, et al. Exploratory analyses of factors related to 5-aminolevulinic acid-induced intraoperative hypotension during malignant glioma surgery via literature review. Photodiagnosis and Photodynamic Therapy. 2025;55:104675.
  8. Yatabe T, et al. 5-Aminolevulinic acid-induced severe hypotension during transurethral resection of a bladder tumor: a case report. JA Clinical Reports. 2019;5(1):58.
  9. Xu W, et al. The ED50 and ED95 of prophylactic norepinephrine for preventing post-spinal hypotension during cesarean delivery under combined spinal-epidural anesthesia: a prospective dose-finding study. Frontiers in Pharmacology. 2021;12:691809.
  10. Chen Y, et al. Prophylactic norepinephrine infusion for postspinal anesthesia hypotension in patients undergoing cesarean section: a randomized, controlled, dose-finding trial. Pharmacotherapy. 2021;41(4):370–378.
  11. Onishi K, et al. Noradrenaline infusion prevents anesthesia-induced hypotension in severe aortic stenosis patients undergoing transcatheter aortic valve replacement: a retrospective observational study. JA Clinical Reports. 2024;10:39.
  12. Aykanat V, et al. Low-concentration norepinephrine infusion for major surgery: a safety and feasibility pilot randomized controlled trial. Anesthesia & Analgesia. 2022;134(2):410–418.
  13. Fukuhara H, et al. Identification of risk factors associated with oral 5-aminolevulinic acid-induced hypotension in photodynamic diagnosis for non-muscle invasive bladder cancer: a multicenter retrospective study. BMC Cancer. 2021;21:1223. doi:10.1186/s12885-021-08976-1
  14. Katsumata Y, et al. Agent-specific differences in sustained intraoperative hypotension during oral 5-Aminolevulinic acid-guided transurethral resection of bladder tumor: A retrospective observational study. Photodiagnosis and Photodynamic Therapy. 2026 Feb;57:105319.
  15. Shiratori T, et al. Higher hematocrit level associated with higher 5-aminolevulinic acid-induced perioperative blood pressure change. Photodiagnosis and Photodynamic Therapy. 2022;38:102821.
  16. Miyakawa J, et al. Impact of age, body mass index, and renal function for severe hypotension caused by oral 5-aminolevulinic acid administration in patients undergoing transurethral resection of bladder tumor. Photodiagnosis and Photodynamic Therapy. 2021;33:102179.
  17. Yatabe T, et al. Identification of risk factors for post-induction hypotension in patients receiving 5-aminolevulinic acid: a single-center retrospective study. JA Clinical Reports. 2020;6(1):35.
  18. Kondo Y, et al. Incidence of perioperative hypotension in patients undergoing transurethral resection of bladder tumor after oral 5-aminolevulinic acid administration: a retrospective multicenter cohort study. Journal of Anesthesia. 2023;37:703–713. 
  19. Legrand M, et al. Norepinephrine versus phenylephrine for treating hypotension during general anaesthesia in adult patients undergoing major noncardiac surgery: a multicentre, open-label, cluster-randomised, crossover, feasibility, and pilot trial (VEGA-1). British Journal of Anaesthesia. 2023;130(5):519–527.
  20. Miyazaki T, et al. Severe hypotension and postoperative cardiac arrest caused by 5-aminolevulinic acid: a case report. Journal of Medical Case Reports. 2024;18(1):264.

アラグリオ®(5-ALA)内服後の全身麻酔導入——麻酔科医への警鐘(1)

ノルアドレナリンの末梢持続投与が増えた日常から

最近、ノルアドレナリンを末梢ルートから持続投与する機会が増えた。
以前なら、末梢からのノルアドレナリン持続投与といえば、ICUで中心静脈を確保するまでの「つなぎ」か、心臓手術後の限られた場面に限られていた。ところが最近は、泌尿器科の手術でシリンジポンプにノルアドレナリンをセットすることが日常になりつつある。きっかけは、アラグリオ®(5-アミノレブリン酸塩酸塩、5-ALA)を内服した膀胱腫瘍の経尿道的切除術——いわゆるPDD-TURBTだ。
膀胱腫瘍の蛍光診断にアラグリオが使われるようになってから、術中の血圧管理の様相が一変した。麻酔導入後にエフェドリンを打つ。効かない。フェニレフリンを打つ。これも効かない。「あれ?」と思っているうちに血圧は50台まで落ちていく。最初に経験したとき、正直なところ少し焦った。それまでのTURBTの麻酔で、こんなことは一度もなかったからだ。
その「焦り」が、調べ始めるきっかけになった。
文献を紐解いてみると、驚くべき数字が並んでいた。全身麻酔導入後に血圧が47/32 mmHgまで急落し、フェニレフリンもエフェドリンも無効。ノルアドレナリンのボーラス投与でも65/39 mmHgまでしか回復しなかったという症例報告[1]。さらに衝撃的なのは、術後に一旦回復したかに見えた81歳の患者が、病棟帰室後5時間で約12秒間の心停止を起こしたという報告だ[2]。
これは、もう「ちょっと血圧が下がりやすい薬」という認識では済まされない。

本ブログでは、5-ALA内服後のTURBTにおける血圧低下の時間経過、その機序、リスク因子、そしてノルアドレナリン予防的持続投与を含む具体的対策について、最新のエビデンスをもとにまとめた。

発生率94.3%——「ほぼ全例」という現実

自分の経験は例外ではなかった。むしろ、それが「普通」だった。

Kondoらの多施設コホート研究(2023年、252例)では、5-ALA内服後に全身麻酔下でTURBTを施行した患者の94.3%に術中低血圧(MAP<65 mmHg)が発生した[3]全身麻酔の調整オッズ比は17.94(95%CI: 3.21–100.81)。

問題は「起こるかどうか」ではなく、「どこまで重症化するか」である。

PPIXという「見えない血管拡張薬」——機序と時間経過

5-ALA自体は単なるアミノ酸前駆体だが、その代謝物であるプロトポルフィリンIX(PPIX)がNO非依存的に可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化し、強力な血管拡張をもたらす[4]。

 

 

ALA(親化合物)

PPIX(活性代謝物)

Tmax

約0.83時間

約6.17時間

半減期

2.27時間

4.91時間

PPIXは内服後4〜8時間でピークに達し、効果は少なくとも9時間以上持続する[5]。アラグリオの添付文書が指定するPDD開始時間(内服後3時間)は、まさにPPIX血中濃度の急速上昇相[6]にあたり、ここに全身麻酔の交感神経抑制が加わることで「最悪の組み合わせ」が生じる。

 

 5-ALA内服
  
  ▼ 0〜1時間:ALA吸収、血圧への影響は軽度
  
  ▼ 1〜3時間:PPIX産生が加速、術前の血圧上昇反応が既に抑制される
             → PDD-TURBT群ではMAP変化が+6.5 mmHgにとどまる
              (通常TURBT群は+14.7 mmHg)[7]


  ▼ 3〜4時間:★【最大リスク期】全身麻酔導入
           → 麻酔導入後中央値9分(範囲3〜28分)で重症低血圧 [8]
           → 通常の昇圧剤に抵抗性
 
  ▼ 4〜8時間:PPIXピーク帯

            → 持続的低血圧(MAP<65 mmHg≥30分)が約25%に発生 [9]

  ▼ 8〜12時間:PPIX下降相だが依然として高値

             → 脊椎麻酔下でも帰室2時間後に血圧が回復せず [10]
  
  ▼ 翌朝:高ヘマトクリット患者ではSBP低下が残存 [11]

PPIXはNO非依存的にcGMPを増加させるため[4]、α受容体刺激による血管収縮だけでは十分に拮抗できない。これが、フェニレフリンもエフェドリンも効かず、ノルアドレナリンでも部分的にしか血圧が回復しない理由だ[1][2]。最初からノルアドレナリンを準備しておくべきである。

リスク因子と保護因子——誰が危ないのか

多変量解析によるリスク因子

順位 リスク因子 オッズ比 研究
1 全身麻酔 14.4〜25.8 Fukuhara 2021[6], Yatabe 2020[8]
2 導入前SBP<100 mmHg 13.3 Yatabe 2020[8]
3 高血圧の既往 7.6 Fukuhara 2021[6]
4 女性 3.95 Yatabe 2020[8]
5 ACE阻害薬/ARB内服 1.95 2025年研究[9]

全身麻酔のOR 14〜26という数字は、通常の周術期リスク因子としては異例の大きさだ。通常の周術期リスク因子でこれほどのオッズ比を示すものは極めて稀である。

保護因子

保護因子 オッズ比 研究
Ca拮抗薬内服 0.183(保護) Fukuhara 2021[6]
レミマゾラム(vs セボフルラン) 0.35(保護) 2025年研究[9]

Ca拮抗薬のOR 0.183は、Ca拮抗薬を内服している患者は低血圧リスクが約5分の1になる。術前にCa拮抗薬を中止してはならない。むしろ、Ca拮抗薬が処方されていない高血圧患者の方がハイリスクと認識すべきである。

ヘマトクリット高値という意外な予測因子

Shiratoriらは、5-ALA投与群でヘマトクリット値が高い患者ほど血圧低下が大きいという有意な相関を報告した[11]。ヘマトクリット高値 → ヘム鉄リサイクル亢進 → PPIXへの変換促進という機序が推定されている。

測定時点 Spearman相関係数(rS) p値
手術室入室前 −0.449 0.024
麻酔導入前 −0.584 0.002
術中 −0.401 0.047
術後 −0.658 p<0.001
翌朝 −0.547 0.004

つまり、貧血のないHb値が正常〜高値の患者こそ要注意という落とし穴である。

全身麻酔 vs 脊椎麻酔——どちらも万全ではない

全身麻酔がハイリスクなら脊椎麻酔で」——その判断は間違いではないが、落とし穴がある。

実際、多変量解析では全身麻酔のOR 14〜26に対し、脊椎麻酔は術中の持続的低血圧(MAP<65 mmHg≧30分)のリスクが有意に低いことが示されている[9]。全身麻酔は「急激に落ちて覚醒で持ち直す」、脊椎麻酔は「術中は穏やかだが術後がだらだら続く」。Satoらの報告では、脊椎麻酔下の5-ALA群で病棟帰室後2時間まで血圧低下が持続していた[10]。通常ならブピバカインの効果はとうに消退している時間帯であり、PPIXによる血管拡張が脊麻の残効に入れ替わっている。

  全身麻酔 脊椎麻酔
術中の低血圧重症度 重症(OR 14〜26) 比較的軽度
術中の持続的低血圧(≧30分) 約25% 有意に低い[9]
術後 覚醒で改善傾向だが遅発性心停止の報告[2] 脊麻効果消退後もPPIXの低血圧が遷延[10]
最大の落とし穴 術後にも低血圧監視が必要 脊麻の残効と誤認され対応が遅れる

 

最も衝撃的なのは、全身麻酔下TURBT後に一旦SBP 100 mmHgまで回復した81歳男性が、帰室後約5時間で約12秒間の心停止を起こした症例だ[2]。Shiratoriらも、5-ALAの血圧への影響は麻酔方法にかかわらず少なくとも9時間持続すると報告している[5]。

どちらの麻酔法を選んでも、術後少なくとも12時間のモニタリングは必須である。

 

<アラグリオ®(5-ALA)内服後の全身麻酔導入——麻酔科医への警鐘(2)へ続く>

 

TUR-BTにアラグリオを使用してほしくないということではなく、麻酔科医に認識を改めてほしいという意図で書いた文章なので、一部を切り取って悪用するために本ブログを引用ことはやめていただきたい。

引用文献

1. Yatabe T, et al. 5-Aminolevulinic acid-induced severe hypotension during transurethral resection of a bladder tumor: a case report. JA Clinical Reports. 2019;5(1):58.

2. Miyazaki T, et al. Severe hypotension and postoperative cardiac arrest caused by 5-aminolevulinic acid: a case report. Journal of Medical Case Reports. 2024;18(1):264.
3. Kondo Y, et al. Incidence of perioperative hypotension in patients undergoing transurethral resection of bladder tumor after oral 5-aminolevulinic acid administration: a retrospective multicenter cohort study. Journal of Anesthesia. 2023;37:703–713.
4. Mingone CJ, et al. Protoporphyrin IX generation from delta-aminolevulinic acid elicits pulmonary artery relaxation and soluble guanylate cyclase activation. American Journal of Physiology-Lung Cellular and Molecular Physiology. 2006;291(3):L337-44.
5. Shiratori T, et al. Differences in 5-aminolevulinic acid-induced hemodynamic changes between patients undergoing neurosurgery and urological surgery. JMA Journal. 2021;4(4):374–386.
6. Fukuhara H, et al. Identification of risk factors associated with oral 5-aminolevulinic acid-induced hypotension in photodynamic diagnosis for non-muscle invasive bladder cancer: a multicenter retrospective study. BMC Cancer. 2021;21:1223.
7. Nohara T, et al. Intraoperative hypotension caused by oral administration of 5-aminolevulinic acid for photodynamic diagnosis in patients with bladder cancer. International Journal of Urology. 2019;26(11):1064–1068. doi:10.1111/iju.14099
8. Yatabe T, et al. Identification of risk factors for post-induction hypotension in patients receiving 5-aminolevulinic acid: a single-center retrospective study. JA Clinical Reports. 2020;6(1):35.
9. Katsumata Y, et al. Agent-specific differences in sustained intraoperative hypotension during oral 5-Aminolevulinic acid-guided transurethral resection of bladder tumor: A retrospective observational study. Photodiagnosis and Photodynamic Therapy. 2026 Feb;57:105319.
10. Sato M, et al. Hypotension caused by oral administration of 5-aminolevulinic acid persists after surgery in patients undergoing transurethral resection of bladder tumor under spinal anesthesia. JA Clinical Reports. 2020;6:93.
11. Shiratori T, et al. Higher hematocrit level associated with higher 5-aminolevulinic acid-induced perioperative blood pressure change. Photodiagnosis and Photodynamic Therapy. 2022;38:102821.

さぬちゃん本20260112

 

 

 

 

 

 

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ETCO2 30mmHg、許容範囲? それとも危険信号? 〜術後合併症と関連する低CO2のリスク〜

「ETCO2、30から35mmHgくらいで管理しておけば大丈夫だろう」

多くの麻酔科医が日常的にそう考えているかもしれません。しかし、その「何となくの正常範囲」が、実は患者の術後肺合併症(PPCs)、せん妄、さらには死亡リスクの上昇と関連しているとしたら…?

2025年にBritish Journal of Anaesthesiaに掲載されたNasaらの論文 [1] をはじめ、近年、術中の「軽度な低CO2血症」が患者の予後悪化と関連することを示唆する注目すべきエビデンスが次々と報告されています。これは、私たちの日常的な術中換気の捉え方を再考させるものです。

術中ETCO2低下と関連する4つのアウトカムを解説し、さらに踏み込んで「真の低CO2」をどう判断すべきかを考えます。

「低CO2」と関連する4つのアウトカム

従来、軽度の過換気は臨床的に問題視されることが少なかったかもしれません。近年の研究はその認識に疑問を投げかけています。これらは観察研究であり因果関係を証明するものではありませんが、無視できない関連性を示しています。

 

予後悪化

主要なエビデンス

リスク上昇の目安(調整後)

術後肺合併症 (PPCs)

Nasa P, et al.
 BJA 2025 [1]

ETCO2 <35mmHgで
約1.3倍 (HR)

術後せん妄 (POD)

Ahrens E, et al.
 BJA 2023 [2]

ETCO2 ≤25mmHg(5分以上)で
約1.8倍 (OR)

術後臓器障害

Dong L, et al.
 PLoS One 2023[3]

ETCO2 <35mmHgで
約1.1倍 (RR)

30日死亡率

Dony P, et al.
J Clin Anesth 2017[4]

ETCO2 <35mmHgで
約2.0倍 (OR)

 

なぜ低CO2は危険なのか?2つのメカニズム

では、なぜ単なる「少し多めの換気」がこれほどまでに有害なアウトカムと関連しているのでしょうか。主に2つのメカニズムが考えられます。

  1. 過換気による「直接的な組織低酸素」

教科書的な知識では、低CO2(呼吸性アルカローシス)は脳血管を収縮させ、脳血流を低下させる可能性があります。さらに、酸素解離曲線を左方移動させ(ボーア効果)、ヘモグロビンが組織で酸素を放しにくくさせます。つまり、SpO2が100%でも、脳や各臓器は低酸素状態に陥っている可能性があるのです。これが術後せん妄や臓器障害の一因と考えられます。

  1. 「低心拍出量」の隠れたサイン

Dongらの研究 [3] が指摘する、より深刻な可能性です。換気量が一定の場合、ETCO2は肺血流量、すなわち心拍出量を反映します。つまり、「血圧は正常、でもETCO2が低い」という状況は、末梢血管抵抗の上昇によって代償された「隠れた低心拍出量」を示唆しています。

この場合、ETCO2の低下は「過換気の結果」ではなく、「危険な循環不全の存在」を示唆する警告灯かもしれません。血圧計の数値だけを信じていると、この重要なサインを見逃します。

 

その低ETCO2、本当に「過換気」ですか?

ETCO2の低下に気づいたとき、私たちは反射的に「換気しすぎたかな?」と考えがちです。しかし、その判断は本当に正しいのでしょうか?

 

PaCO2とETCO2の「乖離」に注目する

ETCO2は肺胞CO2分圧(PaCO2)を反映しますが、両者は常に一致するわけではありません。健康な人でも、肺胞死腔の影響でETCO2はPaCO2より2〜5mmHg低くなります(P(a-ET)CO2勾配)[6]。

この勾配が5mmHgを超えて拡大している場合、それは単なる過換気ではなく、V/Qミスマッチの増大や肺血流の低下を示唆する重要なサインです。

 

ETCO2低下の鑑別診断

状況

PaCO2

P(a-ET)CO2勾配

考えられる原因

対応

真の低CO2血症

低下

正常 (2-5mmHg)

過換気

換気量↓

低心拍出量

正常〜上昇

拡大 (>5mmHg)

心不全
出血、
アナフィラキシー

循環サポート

肺塞栓症

正常〜上昇

著明に拡大

血栓、空気、脂肪

原因検索と治療

 

 

1985年のWeilらの古典的な動物実験 [7] は、心拍出量が低下すると肺血流が減少し、ETCO2が低下することを示しました。さらに、Gouel-Chéronらの研究 [8] では、術中の重症アナフィラキシーにおいてETCO2が20mmHg未満まで低下することが報告されており、ETCO2の急激な低下が重篤な循環不全の早期警告となりうることが示唆されています。

 

「真の低ETCO2低下」をどう捉えるか

  • ETCO2が35mmHg未満に低下したら、まず動脈血ガス分析をおこなう
    • これによりPaCO2が確認でき、P(a-ET)CO2勾配を計算できます。
  • P(a-ET)CO2勾配が5mmHgを超えていたら、低心拍出量を疑う
    • 安易に換気量を調整するのではなく、循環動態の評価(血圧、心拍数、心エコーなど)を行い、原因に応じた治療(輸液、昇圧剤など)を検討します。
  • 高齢者では注意が必要
    • Satohらの研究 [6] によると、高齢者(65歳以上)ではベースラインのP(a-ET)CO2勾配が1 ± 3.1 mmHgと、若年者より大きい傾向にあります。この点を考慮して評価する必要があります。

どう行動するか

  • ETCO2の目標値を「35-45mmHg」に設定する: なんとなく30-35mmHgで管理する習慣を見直し、明確に35mmHg以上を目標とする。
  • 低CO2アラームを35mmHgに設定する: アラームが鳴ったら「なぜ下がっているのか?」を考える習慣をつける。
  • 「低CO2」の原因を鑑別する: アラームが鳴った時、まず動脈血ガスでPaCO2を確認し、P(a-ET)CO2勾配を評価する。勾配が拡大していれば、それは「過換気」ではなく「循環の問題」と考える。

ETCO2は、単なる換気指標ではありません。それは、脳血流、心拍出量、そして患者の予後と関連する情報を与えてくれる「窓」なのです。その窓から発せられる小さなサインを見逃さないこと。それが、患者を術後合併症から守るための、重要な視点です。

 

参考文献

[1] Nasa P, et al. Association of intraoperative end-tidal CO2 levels with postoperative outcomes: a patient-level analysis of two randomised clinical trials. Br J Anaesth. 2025 Nov 25 (Pre-proof).
[2] Ahrens E, et al. Dose-dependent relationship between intra-procedural hypoxaemia or hypocapnia and postoperative delirium in older patients. Br J Anaesth. 2023;130(2):e298-e306.
[3] Dong L, et al. Association between intraoperative end-tidal carbon dioxide and postoperative organ dysfunction in major abdominal surgery: A cohort study. PLoS One. 2023;18(3):e0268362.
[4] Dony P, et al. Hypocapnia measured by end-tidal carbon dioxide tension during anesthesia is associated with increased 30-day mortality rate. J Clin Anesth. 2017:159-164.
[5] Mutch WAC, et al. End-Tidal Hypocapnia Under Anesthesia Predicts Postoperative Delirium. Front Neurol. 2018;9:678.
[6] Satoh K, et al. Evaluation of Differences between PaCO2 and ETCO2 by Age as Measured during General Anesthesia with Patients in a Supine Position. J Anesthesiol. 2015;2015:710537. https://doi.org/10.1155/2015/710537

[7] Weil MH, et al. Cardiac output and end-tidal carbon dioxide. Crit Care Med. 1985;13(11):907-9.
[8] Gouel-Chéron A, et al. Low end-tidal CO2 as a real-time severity marker of intra-anaesthetic acute hypersensitivity reactions. Br J Anaesth. 2017;119(5):908-917.